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ギムザ染色法

遺伝学部

第11章.誤った判定の例

最後に誤りの例を紹介します。図23. を見て下さい。左側のメタフェースは、実は 図6 左に示すように正常染色体の代表例なのです。図23. の右上にその正常パターンを示します。
図23.
しかし、どこかに誤解を生じると、図23右下にあるような異常パターンになりかねない、ということです。正常パターンでも異なる染色体群の中から1本ずつ取り出して入れ替えると、異常パターンにしてしまうことが可能なのです。経験を積み重ねることによって、このような誤りを少なくすることは可能です。しかし、どこに落とし穴が口をあけて待っているか分かりません。疑いをもったメタフェースは必ず写真撮影をし、後日の証拠に残しておくという慎重な態度が望まれます。

第12章.終わりに

明治維新に活躍し、「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らずといえり」の名文句で知られ、そして慶応義塾大学の創始者でもある福澤諭吉が書いた「通俗医術論」という著書の中に次の一節があります。

「蓋(けだ)し固有(もちまえ)は常なり、疾病は変なり。固有を知らざれば、則(すなわ)ち病変を論ず可からざるなり」 (土屋雅春著、“医者の見た福澤諭吉”中公新書、115頁、1996年)。この内容はごく当たり前のことをいっているに過ぎません。この一文にある“固有(もちまえ)”を正常染色体に、また、“疾病”や“病変”を異常染色体に読み替えてみると、「正常染色体を知らないで、なんで異常染色体を論ずることができるか。」となります。私には福澤諭吉が「正常を知らずして異常を語るなかれ」と、物事を学ぶ上での基本的な心構えについて諭しているように思えるのです。

これは何も福澤諭吉一人に限りません。「きちんとした仕事をするのに本当に必要なのは、ほんのわずかな正しい基本動作をきちんと行うことで充分足りる。」 これはアメリカのゴルフの名人・達人と呼ばれた人が、自分の一生を振り返って述懐した言葉です。

基本とは何も特別なものではありません。簡単で当たり前のことなのです。基本を学ぶこと自体は別に難しいわけではありません。しかし、それを実行するのは意外に難しいのかもしれません。

この手引書で繰り返し述べてきたように、染色体異常は多種多様ですが、正常パターンは一種類しかありません。正常を熟知していなければ、異常の識別はできないのです。正常パターンを身につけるのに多少のコツはあっても、残念ながら近道はありません。何事も基本が大事なのですが、基本をマスターするためには忍耐が必要です。しかしそれが可能であると分かっているだけ希望はあります。ですからこの基本をマスターすることの重要さだけは是非記憶し、心に刻み込んで戴きたいのです。

最後になりました。人類染色体数が46であることを最初に発表したのはJ. H. Tjio(チヨー)博士とA. Levan(レヴァン)博士で、1956年のことです。今年ですでに44年も経ちました。その頃私は大学院修士課程の1年に入学したばかりでした。それから1、2年経ってからこの論文を初めて読み、それまでのヒト染色体数についての47説や48説がいずれも間違いであったことを知って驚きました。私は1958年から1993年迄の35年間、ヒトの染色体に関わる研究に携わってきました。1995年で研究生活を事実上終えましたが、それでも今日迄を通算すると40年になります。

1989年10月、上記のチヨー博士が家族と共に初めて放影研を訪問されました。チヨー先生は永年米国のNIHで研究生活をされておりました。うわさによればなかなか気難しい方だと伺っておりましたが、会ってお話をするうちに、気さくで子煩悩な1人の父親であることが次第に分かってきました。最初のころは私の方が緊張しておりましたが、私の部屋での話しも和やかな雰囲気の中で一段と弾んでゆきました。帰国後、チヨー先生から感謝の手紙を戴きましたが、その中に、1956年に発表した論文に引用されているメタフェースの染色体を拡大した顕微鏡写真が同封されていました。

図24.

この時に撮影したチヨー先生の写真をここに示します。(図24. 上、写真中央の人物)
また、図24. 下の写真はスエーデンの遺伝学専門誌 "Hereditas" に掲載されたヒトのメタフェースで、染色体数が46本であることを世界で最初に示した時の写真を拡大プリントして送られてきたものです。これら2枚の写真を本文の最後に飾りたいと思います。