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Q&A よくある質問

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広島・長崎にはまだ放射能(放射性物質)が残っているのですか?
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いいえ、実質的には残っていません。

原爆が炸裂して、その結果残留放射能(放射性物質)が生じることになるのですが、その出来方には2通りあります。一つは、核分裂生成物 あるいは核物質自体(広島原爆に使用されたのはウラン、長崎原爆に使用されたのはプルトニウムです)が放射性降下物(フォールアウト)として降ってきて地上を汚染するものです。同じような土壌汚染がチェルノブイリ事故でも起こりましたが、その規模ははるかに大きなものでした。 → [詳しい説明はこちらをご覧ください

残留放射能(放射性物質)のもう一つの出来方は、中性子線が地面や建物に当たって生じるもので(中性子放射化)、放射能を持たない物質に放射能を帯びさせることにより生じます。

放射性降下物(フォールアウト)
広島・長崎の原爆は、地上600 m(広島)、503 m(長崎)の高度で爆発しました。そして巨大な火球となり、上昇気流によって上空に押し上げられました。爆弾の中にあった核物質の 約10%が核分裂を起こし、残りの90%は火球と共に成層圏へ上昇したと考えられています。

その後それらの物質は冷却され、一部が煤(すす)と共に黒い雨となって広島や長崎に降ってきましたが、残りのウランやプルトニウムのほとんどは恐らく大気圏に広く拡散したと思われます。当時、風があったので、雨は爆心地ではなく、広島では北西部(己斐、高須地区)、長崎では東部(西山地区)に多く降りました。

この地上汚染による最大被曝線量は、広島では 0.01−0.03 Gy、長崎では0.2−0.4 Gyと推定されています。爆心地での降下物による被曝線量は上記の値の約10分の1と考えられています。

現在では放射能は非常に低く、特に1950年代60年代を中心に世界中で行われた(地下ではなく)大気圏核実験により世界中に降った放射性降下物による微量の(プルトニウムなどの)放射能との区別は困難です。

中性子放射化
原爆から放出された放射線の90%以上はガンマ線で、残りが中性子線でした。

中性子線には、ガンマ線とは異なり、放射性でない原子を放射性の原子に変える性質があります。爆弾は地上よりかなり上空で爆発したので、爆弾から放出された中性子線は、地上に届いても弱いものでしかありませんでした。ですから、原爆の中性子線によって生じた誘導放射能は、ネバダ(アメリカ南西部)、マラリンガ(オーストラリア南部)、ビキニ環礁、ムルロワ環礁などの核実験場で生じたような強い汚染ではなかったのです。

これまでの推定では、爆発直後から今日までの 爆心地 における最大放射線量は広島で 0.8 Gy、長崎で 0.3−0.4 Gyと考えられています。また爆心地からの距離が 0.5 kmの場合には爆心地における値の約1/10、1 kmでは 約1/100と考えられています。この誘導放射能は爆発後の時間経過と共に急速に減少しました。すなわち、爆発後1日目に上記の値の約80%、2−5日目までに 約10%、6日目以降に残り10%が放出されたと考えられています。爆心地付近は、火災がひどく翌日までほとんど立ち入りできなかったことを考えると、誘導放射能による被曝線量は、上記爆心地の値の 20%(広島では 0.16 Gy、長崎では 0.06−0.08 Gy)を超えることはほとんどなかったのではないかと思われます。