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科学、放射線防護およびNCRP

原爆被爆者の調査に基づくがんリスク推定値とその不確実性について

米国放射線防護・測定審議会名誉会長、放影研非常勤理事 Warren K Sinclair
これは、ワシントンで開催された米国放射線防護・測定審議会(NCRP)の年次総会で行われた第17回Lauriston S Taylor記念講演(1993年4月7日)の要約で、RERF Update 6(2):3-5, 1994に掲載されたものの翻訳です。
今回の講演では、放射線に起因するがんについて現在得られているリスク推定値の不確実性に特に焦点を当てる。がんリスクは、低線量の放射線被ばくによる健康阻害の最大の要素であり、国際放射線防護委員会(ICRP)とNCRPは、1シーベルト当たりのリスクをすべての年齢で平均 5%、成人就労者で 4%と推定している。これらの数値は、高線量率に被ばくした原爆被爆者に関する放影研寿命調査(LSS)データから、ICRPとNCRPが選んだ線量・線量率有効係数(DDREF)2を用いて得られた。

LSSにより得られたリスク推定値の不確実性は、疫学調査、線量推定、生涯リスクの推定、集団間でのデータの当てはめ、低線量および低線量率への補外推定の五つの大きなカテゴリーに分類できる。

疫学的不確実性


疫学的不確実性には、1985年まで、放影研1986線量推定方式(DS86)を用いて線量を推定した集団の 75,991人において、すべての原因によるがん(5936例)から比較的少ない過剰がん(339例)を確認したことに由来する統計的不確実性が含まれる。また、死亡データは死亡診断書に基づいているので、特に高齢者において、がんによる死亡の過少報告が重大な誤りの原因となっている。BEIR IIIでは、これを補正するために係数 1.23が用いられた。しかし、国連原子放射線影響科学委員会(UNSCEAR)の1988年の報告書では補正は行われず、BEIR委員会もBEIR Vにおいては補正を行わなかった。

最近、放影研の研究員は、がん以外の疾患およびがんによる死亡に対する診断上の誤分類の影響を調査し、がんの過剰相対リスクを 13%増やすべきであることを認めた(Spostoら、Biometrics 48:605-17、1992)。LSS集団は、すべての年齢を良く反映しているが、その他の面では多くの臨床集団ほどではないにせよ、あまり典型的とは言えないかもしれない。

線量推定における不確実性


線量推定における不確実性としては、無作為の、系統的な誤りがあり、これは 25-40%と推定されている。Jablon(ABCC業績報告書23-71)、Gilbertら(放影研業績報告書12-82)および Pierceら(Radiat Res 123:275-84、1990)は、このような誤りがリスクの偏りを引き起こし、高線量域において真のリスクよりも低くなっている、と報告した。線量反応曲線に継続して見られるこのような偏りを補正するには、すべての線量点についてリスクを 6−17%増加させ、4 Gy以上の線量点を除外した場合には、同様に 4−11%増加させることが必要である。

DS86における中性子成分は、臓器部位、距離などによって、広島では吸収臓器線量の 約1−2%である。平均的な生物学的効果比(RBE)を10とすれば、中性子線量当量は、合計線量当量の 約10%となる。明らかに、この計算は不確実性を伴なう。

広島の遠距離における「過剰」熱中性子の存在の問題は、最近論議の対象となった(Prestonら、RERF Update 4[4]:5、1993)。広島の中性子線量を更に大きくすれば、リスクおよび細胞遺伝データについての両市間の一致は乏しくなり明確に異なるものとなるであろう。

生涯リスクの推定


観察集団(1985年に全体の 39%)から集団全体の生涯リスクを推定することが、現在得られている生涯リスク推定値における最大の不確実性の1つである。

全がんと幾つかの特定部位のがんについての被爆者データは、年齢群別に分類すると、過剰相対リスク(ERR)は時間に対してほぼ一定であることがわかる。たとえすべての年齢群についてのERRと時間との簡単な図が全固形がんの合計ERRが依然として増加しつつあることを示しているとしても、大体そうである。

Kellerer および Barclay(Radiat Prot Dos 41:273-81、1992)は、別の方法を取り、感受性の年齢に対する依存性のパラメータとしては、到達年齢が被爆時年齢よりも優れていることを示唆した。現在のデータは集団の高齢者についてのみ完全であり、従って、これら2つの年齢モデルの優劣をつけることはまだ不可能である。到達年齢モデルが最終的に正しいと判明すれば、現在使用されている被爆時年齢モデルはおそらくリスクを2倍にも過剰推定していることになるであろう。

異なる集団へのデータの当てはめによる不確実性


世界の様々な集団間で自然がん率が異なるので、日本人の被爆者集団について推定されたリスクを他の集団にいかに当てはめるかを知るのは困難である。この場合相乗的あるいは相加的モデルによってデータの当てはめを行うことができる。

ICRPは、不確実性を考慮して、被爆者の各臓器のリスクを相乗的および相加的モデルの両方を使って他の集団のデータに当てはめ、得られた結果を平均し、こうして考えられる誤差を最小限にした。幸運なことに、ICRPが算出した5集団の平均値と米国の臓器別リスク推定値との間にはあまり差はない。

低線量率への補外推定による不確実性


低線エネルギー付与放射線による多くの放射線生物学的現象は、高線量率よりも低線量率の有効性の方が低いことを示している。これらすべての実験データ(NCRP Report 64、1980;UNSCEAR、1993)および若干の不完全なヒトに関する情報を考慮して、ICRP は DDREF として 2を用いた。NCRPはより大きな数値−おそらくは 2から3−(従って低いリスク推定値)を選んだであろうが、ICRPの数値を受け入れた。

原爆被爆者における固形腫瘍の線量反応


DDREF の値を選ぶ際の重要な問題は、原爆被爆者から得られた固形腫瘍データの線量反応である。白血病(合計リスクの 約10%)については、線量反応曲線は、DDREFが 2から2.5に相当する線形−二次曲線が最も良く当てはまる。しかし、リスクの残り 90%は全体として線形曲線が最も良く当てはまる固形腫瘍によるものである。この線量反応に関しては、統計的にみれば、死亡率については DDREFを 約2まで含めることができるが、罹患率データについては 約1.4まででしかない。明らかに、4Gyまたは 5Gyまでの線量域の線形曲線は、単に「線形モデルに当てはまった」というだけのものである。これは単一ヒット理論あるいは他の如何なる機序をも示唆するものではない。更に、これは多くの異なる腫瘍反応を混合したものである。ここでも、低線量率反応が、実際は、観察線量域における低い傾きの線形曲線を示しているのかもしれない。しかし、低線量域においては、高線量率曲線と低線量率曲線が同一になるところがあるはずであり、その場合、細胞標的当たりの事象は1個未満で、線量率の影響が生じないと考えられる。おそらく、これは、ここに示すデータよりもはるかに低い線量で起こるであろう。

低い傾き(従って、有意なDDREF)と日本の固形腫瘍データの線形の傾きとを矛盾しないようにさせ得る別の方法を指摘したい。特定の明瞭に定義された状況においては、高線量で起こる試験管内細胞死によって形質転換の減少が説明できる。実際、形質転換の減少分の傾きは細胞死曲線の傾きと同一であることを示すことができる。体内の正常組織に見られるような、はるかに複雑な状況においては、細胞死のこのように単純な影響は期待できない。しかし、発がんリスクのある細胞の数を制限する上で細胞死は何らかの役割を果たすことが期待される。日本人のデータを評価する際に、細胞死は十分考慮されたであろうか。以下に一つのアプローチについて述べる。

致死がん罹患率と線量との関係が厳密に線形−二次(IDD2)であり、この罹患率は細胞死の項K・f (D)により修飾され、線量の関数〔すなわち、I = (αDD2K・fD)〕となると単純に仮定する。各パラメータの数値については、集団全体における低線量でのリスクをα= 5%/シーベルト、交差線量(すなわち、αDD2)を1.2 Gy(妥当な数値)β=α÷1.2すなわち0.83αと仮定する。ここで、例えばHillらがコバルト60γ線を照射したV79細胞のような培養単一細胞の実験哺乳類細胞生存曲線からK・f (D)値を得る(Radiation Research 113:278-88、1988)。その結果を 図1. に示した。この単純化しすぎた、かなり粗雑な例は、最初の傾きが当初考えられるよりも低く、DDREFが、2などのかなり低い値を取り得ることの理由になることを示している。低線量域における「線形モデルより低い」最初の傾きの存在は、0.5 Sv未満の範囲についての清水らによる最近の解析(RERF Update 4[3]:3-4、1992)により更に確認された。固形がんの相対リスクは0.02 Sv(すなわち、20 mSv)まで1より大きい。また、0.5 Sv未満のデータを解析すると、4 Svまでのすべてのデータの線形反応の傾きよりも幾分低い線形の傾きが得られる。これは、上述した線形−二次反応と細胞死の考え方と一致する。
図1. 曲線Aは、日本人の「観察された」高線量率に関するものである(傾き:10×10-2Sv-1)。曲線Bは、ICRPのリスク曲線で、線量・線量率有効係数(DDREF)は2、すなわち、5×10-2Sv-1である。曲線Cは、罹患率とαD + 0.83αD2との関係を示す曲線の始めの部分で、細胞死について補正していない。一連のポイント(四角形)は、(αD + 0.83αD2K・f (D)、すなわち、実験から得られた細胞死の値であるK・f (D)を有する線形−二次曲線を描く。ポイントは曲線Aの下から始まり、一定範囲内では曲線Aに良く当てはまっているが、やがて横ばいになる。これは1シーベルト当たり 10%の曲線にかなり当てはまるが(曲線Aの 95%信頼限界参照)、その最初の傾きは 1シーベルト当たり 5%でしかなく、DDREFは 2である。すなわち、誤差限界の範囲内において、最初の傾きは 1シーベルト当たり 5%のみである可能性もあり、これは、傾きが 1シーベルト当たり 10%の線形モデルに良く当てはまるデータから算出できる値である。

誘発がんの閾値は存在するのか。


相反する情報と統計的不確実性から、誘発がんに閾値が存在する可能性を完全に除外することができないことは真実であるが、閾値の問題について幾つかの問題点を指摘したい。上述したように、日本のデータから得られた 1シーベルト当たり 10%という高線量率の傾きより低い傾きを低線量率の真の状況を示すものと想定することは可能であるが、閾値ははるかに説明が困難である。閾値を想定すると、私見によれば、図2. の拡大された低線量部分に示したように、曲線AおよびBの点線部分のような、低線量のみに当てはまる新しいメカニズムを要する不連続性が必要である。このようなメカニズムを想定することは不可能ではなく、実際、低線量においてヒトリンパ球に生じた染色体異常の一過性修復効果について、S Wolff らが同様のメカニズムを報告している(Shadleyら、Radiation Research 111:511-7、1987)。しかし、この現象はあまり長く続くとは思われず、また、がん誘発の場合などには一般的に適用できないと考えられてきた。
図2. 線量と影響の関係。低線量域を拡大したもの。
線A(- -)は線形、線B(―)は線形−二次であり、点線は反応を示す。
低線量域における線量反応に関する優れた実験調査の幾つかは注目すべきである。Lloyd らによる調査(International Journal of Radiation Biology 61:335-43、1992)では、リンパ球の染色体異常に関する6つの研究室による調査が行われており、20 mGyまでの線量と効果の関係に線形性が認められた。過去の調査には、更に低い線量まで調べた例があり、特に Tradescantia における pink突然変異 について調査したSparrow ら(Science 176:916-18、1972)は、X線については 2.5 mGy、中性子については 0.1 mGyまで調べた。線形尺度を用いると、X線のデータは依然として線形性を示す。また、Bateman ら(Radiation Research 51:381-90、1972)は 0.22 mGyという低い線量の中性子に被ばくした後発生した水晶体混濁について調べ、対照者が極めて異なる所見を示すことを認めた。

閾値はどのような線量レベルで始まるのであろうか。X線では 約2 mGy、中性子では 1 mGyの 10分の1まで線形を認めた例が幾つかある。線形性が更に低い線量まで続くことはないと想定する理由はあるだろうか。極めて低い線量、従って極めて低いリスクにおいては、名目上の閾値が存在したとして問題があるだろうか。そのような線量およびリスクは無視できると考える者が多いだろう。私見では、このメカニズムの確率的性質から、閾値について論ずるよりも、閾値は存在しないとする仮説を受入れ、極めて低い線量においてはリスクはわずかとする方が健全であると思われる。

低線量に関する疫学的調査


長年の間、低線量に関する膨大な数の疫学的調査はヒトにおける放射線の影響について多くの問題を提起してきたが、様々な理由により、いずれもリスク推定にはあまり貢献していない。しかし、英国およびロシアにおける就労者についての低線量に関する最近の調査や、ロシアにおける環境調査によって、幾つかの新しい数値が得られた。これらと広島・長崎で得られた推定値を比較すると、英国での調査に基づく白血病リスクは広島・長崎より高いが、これは米国での小規模の調査により得られた負の結果により部分的には相殺される。ロシアでの二つの調査は、現在までかなり不確実なデータに基づいているが、得られた高線量値と一致しているように思われる。この種のデータがより多くなれば、信頼区間が大きいものの、放射線防護には非常に有用であろう。米国の原子力発電所従業員について提案されている調査は極めて貴重なものとなるであろうが、これまでのところ開始されていない。学界と、多分、特にNCRPがその実施を強く主張すべきであろう。このような調査を実施すること、また、それをリヨンの国際がん研究機関(IARC)主導により世界規模で実施されている調査に組み込むことは、放射線防護のための最も重要なステップとなるであろう。それまでは、米国、英国、フランスおよびカナダのデータを組み合わせた、それほど野心的ではないが、やはり有用である調査がIARCによって行われるであろう。

放射線防護上の勧告


これまでに述べた内容をすべて考慮すると、NCRPは、現在どのような勧告を出す立場にあるのであろうか。全体として、不確実性の問題から、表1に示したように、リスク推定値は高くも、低くも推定し得ると思われる(過剰推定の可能性があるので、私は低いリスクの方を採る)。将来リスク推定値は低くなることを希望する。それは、実際、ICRPは1990年(Publication 60)には、1977年よりも放射線防護のための「野心」は高くなく、すなわち、全体的な有害性と防護基準との関係はほぼ同じだからである。NCRPは1987年の指針(Report 91)と1993年の防護基準(Report 116)では少し前進した。更に、NCRPの就労者のリスクとの比較基準は、最新のものに更新されている。とにかく、現在のリスク推定値は少し高すぎるので、次に勧告の基盤として用いられる時には ― おそらくは21世紀の初頭 ― リスクは、その時点のその他の通常の就労者のリスクと一致しているので、修正は必要ないであろう。
表1. 不確実性がリスク推定値へ及ぼす影響のまとめ
 
不確実性に関連した要因
寄与の程度
 リスク推定値をより高くする要因
   線量推定における偏りの誤差 +10%
   過少報告 +13%
   現在のデータからの直接の推定 +?%
 リスク推定値をより低くする要因
   線量推定−広島における中性子線量の増加 ? -(13−22)%
   到達年齢などの推定 ? -(25−50)%
 リスク推定値の増減に等しく影響を及ぼすもの
   集団間でのデータの当てはめ ? 25−50%
   線量反応および補外推定 ? 50%
従って、私見では、多くの不確実性にもかかわらず、リスク推定値に関して入手し得る最高の情報に基づいて、ICRPが1990年に、NCRPが1987年と1993年に職業上および一般の放射線被ばく基準を下げたのは正しい選択であった。