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チャールス・ランド先生を悼む


放影研の黄金期を作った方々の一人であるチャールス・ランド博士は2009年に米国国立がん研究所を退職後、ポルトガルに移住してベラご夫人と静かに暮らしておられましたが、このたび、2018年1月25日に逝去されたとの訃報が届きました。

ランド博士は、1966年から1975年の間のほぼ4年を、原爆傷害調査委員会(ABCC)の統計部、そして疫学部で研究員として過ごされました。さらに放影研でも、疫学部の来所研究員を1990年から2010年まで勤められました。ABCCから放影研に移行する1970年から1980年は、統計解析に大きな技術的展開があった時期にあたります。ランド博士は、この時期において、放影研の統計解析の技術革新に努力された方々のお一人でもあります。ランド先生は新たな手法を用いて原爆放射線とがん発症の関係について、多くの重要な論文を発表しています。また、乳がんに強い思い入れをお持ちであったようで、発表した91論文のうち、21編がこのがんについてです。そしてこの乳がん研究の系譜は、今日の放影研の研究にもつながっています。ともあれこれらの実績が国際的にも高く評価されたランド博士は、国際放射線防護委員会(ICRP)の委員や、米国のBEIR委員会の委員を歴任されています。特にICRPでは、放射線防護体系の根幹である放射線組織荷重係数や、低線量リスク推定のための直線モデルについて、重要な報告書をまとめておられます。

このように、ランド博士は、放影研にとってその研究成果を世界の科学界に広めてくださった方と言えます。被爆者の方々の調査結果は、ICRPの放射線防護の基準の基盤として用いられることになりました。世界で放射線の利用がますます高まる今日、放射線防護は、放射線作業従事者を守るために大切であるのみならず、普段の生活でごく普通に行われる放射線診断などにおいても一般の方々を放射線から守るために重要です。その意味でランド博士は、「平和的目的の下に、放射線の人に及ぼす医学的影響及びこれによる疾病を調査研究し、原子爆弾の被爆者の健康保持及び福祉に貢献するとともに、人類の保健の向上に寄与する」という放影研の定款の精神に基づいた研究者であったと言えます。

このようにランド博士は、さまざまな面で卓越した研究者でありました。そして彼に接した方々は良くご存知ですが、ランド先生は人間としてとても魅力的な方でもありました。背が高くハンサムで、物静か。しかも大変謙虚で、温かで優しい。そんな彼はすべての人々を幸せにし、すべての方に愛されました。1937年サンフランシスコに生まれ、今年81歳。まだ余生を楽しむ年齢で、まだまだ多くの人々を幸福にできる年齢であったことを思うと、まことに残念です。

2018年2月6日

放射線影響研究所
理事長 丹羽 太貫
副理事長 ロバート L. ウーリック
業務執行理事 兒玉 和紀