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研究計画書 4-02

原爆被爆者のT細胞常性における撹乱

要 約
放射線被曝によってヒトのT細胞恒常性にかかわる何らかの機構が重度に撹乱されるかという命題について研究する。本研究で主に用いる研究手段は、新規に開発された技法であり、原爆被爆者の免疫防御に極めて重要なTリンパ球集団の履歴について詳しく調べることが可能である。被爆者の免疫防御機構上の異常(あるいは不均衡)の性格や程度は、被爆者の過剰に発生した(またはこれから生じる)がんやその他の疾患に大きく関与しているであろう。

成人健康調査に現時点で協力している原爆被爆者 約1,000人 の血液中の白血球について、(1)T細胞受容体再構成によって切り出された環状DNA(T-cell receptor-rearrangement excision circles; TRECs)を保持しているTリンパ球の数を定量し、(2)Tリンパおよび他の免疫細胞集団における平均テロメア長を測定する。

TRECは、胸腺でT細胞受容体(TCR)再構成が行われる際に胸腺細胞に生じる環状DNAである。T細胞団全体で、どのくらいのT細胞がTRECを保持しているかを定量することによって、個体の胸腺におけるTリンパ球産生能を評価することができる。以前の幾つかの調査で示唆されたように、原爆放射線が加齢による胸腺の不活性化を促進したとすれば、原爆被爆者ではTRECを保持しているT細胞数が、同じ年齢の対照者に比べてある程度少なくなっていると期待される。

T細胞のテロメア繰り返し配列の長さを測定し、末梢血メモリーおよびナイーブTリンパが採血されるまでに生体内で何回細胞分裂を行ったかを調べる。原爆放射線による細胞喪失から回復するために、被爆者のTリンパは対照者のTリンパ球に比べてより多く分裂を行わなければならなかった可能性がある。もしそうであれば、被爆者のナイーブ、メモリーT細胞いずれにおいても、対照者のそれぞれの細胞に比べて著しいテロメア長の短縮が認められるであろう。また、原爆による障害から末梢T細胞プールが正常に近い状態まで回復する過程には、原爆放射線被曝後に残存したメモリーT細胞の一部集団が増殖した場合が多々あったと推察される。そのような場合には、テロメア長の短縮は被爆者のナイーブT細胞集団よりもメモリーT細胞においてより顕著に検出されるであろう。

このような測定から得られる結果は、原爆被爆者によく見られる疾患の要因となる免疫機能の異常(防御機能の異常が必要条件であるが)を反映するであろう。従って、今回調べるTREC保有CD4 T細胞数ならびにTリンパ球のテロメア長の測定結果と、RP 3-87およびRP 1-93で調査されたリンパ球免疫機能の異常との関連性を詳しく検討する。また、血液検査や炎症性疾患の記録など臨床検査データと、TREC保有CD4 T細胞の数ならびにテロメア長との関係も調べる。これらの解析により、原爆放射線によるT細胞恒常性維持の撹乱のみならず、そのようなT細胞恒常性の撹乱が、原爆被爆者の疾患発症あるいは疾患の状態に、直接的に関係するかどうかもまた明らかになるであろう。

放射線によって誘発されるT細胞恒常性の撹乱の機序を十分に理解するために、放射線障害後のT細胞再構築の過程を種々の動物モデルを用いて調べる予定である。放射線を照射したマウスに、照射マウスとは異なった遺伝的指標と機能的なTCRを安定的に発現するマウスT細胞集団を再構成させることによって、T細胞の産生とメモリーを再生維持させるために必要なさまざまな要因を調べる。マウス−マウスの系で確固たる研究の進展が見られれば、マウス由来T細胞の代わりにヒト由来T細胞の再構成を、免疫不全マウスを用いて試みる。それにより、ヒトT細胞メモリーの制御にかかわる幾つかの機構を非照射および照射動物においてより明らかにできるかもしれない。