2002年線量推定方式(DS02)

放影研では、原爆被爆者の方々を対象に、長期にわたり放射線の人に及ぼす健康影響を調査してきました。検出された健康影響が放射線被曝によって引き起こされたものかどうかは、健康調査とは別に、被爆者一人一人の臓器別被曝線量を知る必要があります。線量評価システムは、このような被曝線量の情報を提供してくれるものです。また、世界の放射線防護基準は、放影研の疫学調査に基づく放射線被曝のリスク推定値が根拠となっており、このリスク推定は被曝線量推定の精度に依存しています。

個人の被曝線量を推定するシステムとしては、1957年にT57Dという名称で暫定的な推定方式が発表されたのが最初です。T57Dはその後改良され T65D となりました。これら二つの暫定システムは、核爆発の実測値に基づく推定式でした。その後、計算機の発達で、建築物や人体そのものの遮蔽を考慮に入れた臓器別被曝線量を、中性子とガンマ線それぞれについて計算できるようになり、1986年に DS86 というシステムが導入され、これが最近まで放影研で使用されてきました。ところが、DS86発表後に、広島の場合、特に1.5 ㎞以遠のところで、中性子による放射化物の測定値とDS86による計算値とが合わないという問題提起がありました。この問題を検討するため、日米両国でいろいろな研究活動が開始されました。

このような動きを受けて、2000年12月に日米両国の専門家が一堂に会し、中性子問題解決の方策を話し合った結果、日米両国政府は、被曝線量評価システム見直しのための研究班を設置することになりました。この研究班は2003年1月までの間に8回、日米合同の実務研究者会議を行うなど極めて精力的に検討を進め、一定の結論に達しました。そして2003年1月、日米両国4名ずつから成る上級委員会(座長:日本側 森 亘、元日本医学会会長、米国側 Warren K. Sinclair、米国放射線防護・測定審議会名誉会長)が設置され、研究班の報告と勧告を検討した結果、これが承認され、2003年3月15日にDS86に代わる新しい線量推定方式としてDS02が誕生しました。

DS02をDS86と比較すると細かい点で多くの改善がありますが、大局的にはDS86の推定値と大きく変わるものではなく、DS86の正確性が追認された結果であると言えます。最近のコンピュータ技術の発展により、DS02ではDS86に比べ、より複雑で緻密な計算が可能となり、原子爆弾の炸裂過程から放射線の放出、拡散にいたる詳細なシミュレーションを行うことができます。また、被爆者一人一人のより詳細な遮蔽状態を考慮に入れた被曝線量計算が可能になるなど、多くの改善が加えられた結果、被曝線量の推定精度は大幅に向上しました。

DS86見直しの契機となった、広島における1.5 km以遠の中性子線量の計算値と実測値の不一致も解決されました。広島における0.5 km以内の誘導放射能の測定値と計算中性子線量の不一致は、爆発高度を20 m高くすることで解決しました。また、その後の放射化物測定精度の向上により、1.5 kmまでの測定値は計算値とよく一致しました。1.5 km以遠については、計算値が測定の検出限界以下になることから、検証はできないという見解で一致しました。被曝線量の計算はどの距離においても同じ原理が適用できます。実測値の信頼性が保証できる範囲で計算値と測定値が一致したということは、すなわち、DS02では爆心からどの距離においても、被曝線量の正確な計算が可能になったと考えられます。DS86とDS02の相違点については、次の比較表をご覧ください。

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