DS86のバージョン

DS86を拡張することにより工場または地形で遮蔽されていた長崎の約1,200人の被爆者と野外にいた約10,000人の遠距離被爆者の線量推定が可能になった。

放影研統計部 藤田正一郎

この記事は RERF Update 1(2):3, 1989に掲載されたものの翻訳です。


1986年3月、日米線量委員会はそれまでリスク推定の基礎として使用していたT65Dとして知られる暫定方式に取って代わる新線量推定方式を承認した。DS86と名付けられた新方式の詳細とその科学的理論は1987年に放影研から公表している。DS86を放影研のNEC ACOS-750コンピュータ上で実行するためにコンピュータコードが直ちに開発された。このコンピュータへの導入後の当線量推定方式のバージョンの変遷について以下に記す。

今年(1989年)初めにホノルルで開かれた日米合同線量評価ワークショップで、DS86について討議する藤田正一郎(中央)、田島英三(左)および 星 正治。

バージョン1: DS86は 1986年初めに導入され、原爆が投下された時爆心地から 2,500メートル以内にいて、遮蔽されていなかったか、または、日本家屋か長屋によって遮蔽されていた被爆者のうち詳細な遮蔽歴が得られている人全員を対象とした。中性子およびガンマ線について、空気中組織カーマ、家屋による遮蔽影響について調整した組織カーマ(漠然と「遮蔽カーマ」と呼ばれることもある)、および吸収線量を計算することが可能になった。

男女別;前後左右の方向別;直立、座位、臥位別;3種類の年齢群(<3、3-12、>12歳)別;赤色骨髄、膀胱、骨、脳、乳房、眼、腸管、肝臓、肺、卵巣、膵臓、胃、睾丸、甲状腺、子宮など数多くの臓器(男性は12臓器、女性は14臓器)別に計算が可能であった。さらに、DS86では各臓器線量の構成要素(すなわち、即発ガンマ線、即発中性子、遅発ガンマ線、遅発中性子、および遮蔽または体内の相互作用により即発・遅発中性子から成生された二次ガンマ線)別にエネルギーに依存するフルエンスの分布を出力することができる。つまりABCC―放影研の基本集団の中で爆心地から 2,500メートル以内にいて詳細な遮蔽データのある 28,743人の被爆者のうち 23,422人(81%)に関してカーマと線量がこの線量推定方式により計算できることが分かった。これには原爆被爆者における放射線影響に関するほとんどの解析に利用される寿命調査(LSS)集団中の 23,420人の被爆者のうち 18,526人(79%)が含まれる。

DS86では詳細な遮蔽情報が必要であり、2,500メートル以内の被爆者だけを対象としているので、すべての被爆距離にいて詳細な遮蔽情報が得られていない被爆者について線量推定を可能にするために、DS86を拡大する必要があった。この目的のために開発された方法は「間接DS86」として知られるようになり、空気中カーマ回帰モデルの使用と、「直接DS86」で使用された個人特有の透過率ではなく特定の遮蔽分類ごとの平均透過率の適用に依存している。間接DS86では上記の分類によるカーマおよび線量のみを算出してフルエンスは計算していない。合計71,367人の被爆者(そのうち 57,567人は寿命調査対象者)を既に得られている直接計算による線量推定者数に追加した。

バージョン2: 早い時期に、当初のバージョンにおけるソフトウェアのエラーを修正するために推定方式を若干変更したが、線量推定値に生じた変化はわずかであり、これは主に成人の乳房、卵巣、子宮の直接DS86臓器線量と 3歳未満の全臓器線量に関するものである。間接DS86で使用された平均透過率も再計算した。推定方式を向上強化することにより、特に工場労働者や地形により遮蔽された被爆者(いずれも長崎)などについて計算が可能になった。しかし、当推定方式の強化はバージョン3ができるまで実施されなかったので、バージョン1とバージョン2では網羅している被爆者数に変化はない。

バージョン3: つい最近(1989年5月)、長崎の工場内にいて遮蔽された被爆者(361人)と地形により遮蔽されていた被爆者(815人)のカーマおよび線量が算出された(全て直接DS86)。野外にいた 10,034人の遠距離被爆者について新たに間接線量推定を行った。海抜の修正を反映するように爆央から各被爆者までの斜行距離の計算を修正したため、全長崎被爆者についてカーマおよび線量推定値を再計算した結果、若干(1%)減少した。

最新のバージョン導入以降、DS86 は T65D線量推定値があった 115,027人の被爆者を対象としており、そのうち 93,741人は寿命調査集団に含まれている。現在、近距離被爆者の 88%と遠距離被爆者の 97%に対してカーマおよび線量が推定されている。コンクリート建造物内または防空壕内にいて遮蔽された被爆者、その他複雑な遮蔽条件で被爆した例など、近距離被爆者のさらに特別な例について今後は取り組んでいく。しかし、この努力により線量推定ができるのはせいぜい 3,000人くらいであり、これにはかなりの労力と時間が必要であろう。

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