中性子と放射線リスク:論評
Dale L Preston, Donald Pierce, Michael Vaeth 放影研統計部
この記事は RERF Update 4(4):5, 1992-93に掲載されたものの翻訳です。
Tore Straumeのリスク推定法とその結果は説得性に欠けると考える。R L Dobson ら(Radiation Research 128:143-9, 1991)により得られた試験管内の結果を放影研の染色体異常調査に何の疑問もなく適用している点が主な反対理由である。試験管内の実験結果をヒト集団で予想される結果に外挿することは無論多くの危険を伴う。さらに、多くの関連する実験証拠が氏の論議では無視されている。
がんのリスクに関する結果は、 主に、放影研やその他の研究から得られた高線量被ばくに関する所見を利用して得られているもので、それに中性子の生物効果比(RBE)、線量率効果、線量反応曲線の形状について、放影研外の放射線に関する知識を最大限に配慮して得られている。この外部の知識による部分は、放影研の線量が変更されても影響を受けない。放影研のコホートデータではRBEについて直接的な情報はほとんどない。ごく限られた範囲でそのような情報があるかもしれないが、そこでは中性子線量が増加すれば、データはより小さいRBE値を示すかもしれない。
また、Straume のUpdate掲載の図が示す意味は間違って解釈されやすいと思う。以下に考察するように、修正された広島の中性子線量はガンマ線の 約5%になるであろう。1000m から 1200mの距離においてガンマ線と中性子のリスク寄与がほぼ同じであるという氏の結果は、その線量域のRBEが 約20であることを意味するに過ぎない。低線量域ではRBEがかなり高くなるという氏の提案は今初めて出されたわけではない。また、これは大変重要な問題であるが、放影研のコホートデータを基に DS86 またはその改定線量推定方式を使用して計算したリスク推定値にそれはほとんど影響しない。
氏が提案している中性子線量の変更により、放影研の通常算出されているがんリスク推定値がどのような影響を受けるかを検討する方が有益である。本ページの表は、広島の中性子線量を Straume ら(Health Physics 63: 421-6, 1992)が提案するように増加させた場合のがんリスク推定値の減少率を示している。1行目は合計線量を用いた解析から得たものであり、その他の行は線量当量を用いて計算したものである。放影研データから得た線形がんリスク推定値は、主に 1-1.5 Gyカーマ という高線量の値を基に仮定したRBEに基づいていることを忘れてはならない。低線量域における大きなRBE値は線形線量反応解析に影響を与えない。なぜなら、非被ばく集団があることと、低線量域のRBEの大きな数は、結果的に低線量における合計線量当量に絶対的な変化をほとんど与えないからである。これが、当該計算に簡単な暫定線量当量を使用する理由である。
表. 広島の中性子線量をStraumeら (Health Physics 63: 421-6, 1992)が
提案するように増加させた場合の がんリスク推定値の減少率 |
線量当量
|
単位線量当たりの
過剰相対リスクの減少 |
Dg+ Dn | 3% |
Dg+ 10Dn | 13% |
Dg+ 20Dn | 22% |
> 1.00
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7 (498)
|
Straume ら(上記引用文献)は、広島の中性子のこの暫定的といえる増加を爆心からの直線距離(斜行距離)の関数として発表した。我々は、Update掲載の Straume の表のように代用の線量区分を用いるのではなく、この関係を直接的に当てはめることができた。この結果得られた増加は、氏の表の線量区分ごとに算出された率(R)よりもわずかに大きかった。我々の結果は、白血病を除くすべてのがんに当てはまる。これは過剰相対リスクが性および被爆時年齢とともに変化し、時間に関係なく一定であると考える標準モデルに基づいている。
合計線量を用いると、リスク推定値が 3%しか減少しないという結果に驚いた人は少なくない。線量反応解析の本質を Straume の表とともに考慮すればこの理由を理解できる。上記のように線量反応の勾配への主影響は、高線量域(約1000-1200m の距離)における合計線量の変化から発生している。その範囲では、現在の広島の中性子推定線量はガンマ線の 約1.5%であり、中性子の暫定的増加は 約2.5-3倍である。したがってこのような距離では中性子の成分はガンマ線の 約1.5% から 4%に増加し、その結果、合計線量が 約2.5%(1.04/1.015)増加する。
がんリスク推定計算においてできるだけ多くの系統的誤差を除くことは重要ではあるが、これと同じ程度までリスク推定に影響を及ぼす多くの不確実性や因子があることを忘れてはならない。たとえば、最近、放影研は線量推定値の確率的誤差の影響を調整することが(主要な報告書では行われたことがない)リスク推定値を 10%-15% の範囲で上昇させる結果になることを発見した。このように上記の表に示す規模の変化は、相関関係を見た場合、放射線のがんリスク推定にかなりの変化をもたらすとは考えられない。