成人健康調査 第6報

TR番号 3-86

成人健康調査:第6報 6診察周期(1968-80年)の結果、広島・長崎

澤田尚雄, 児玉和紀, 清水由紀子, 加藤寛夫

 

編集者注:

雑誌には掲載されていません。

 

要 約

1958年に発足した成人健康調査の最初の5周期の結果は、1971年に発表されているが、今回はその後6周期(第6-11周期)の所見について報告する。

受診率は調査開始後 20年余を経てもなお比較的高水準で維持され、第11周期(1978-80年)でも本来の調査対象たるべき人(非被爆者を除く)においては 75%であった。長崎では特に良好で、約85%もの高率となっている。1977年に対象者数の減少を補充する目的で寿命調査集団より若干の追加編入を行ったが、その受診率は当初の集団のそれよりかなり低く、63%にとどまった。

成人健康調査は、そもそも2年に1回の健康検診(健診)を実施して有病率(疾病のみに限定されないが)を検討するものであり、周期間の死亡には全く触れるところがなかった。しかし、癌死亡率には被曝線量により顕著な差があるので、癌については単に有病率の比較だけで、原爆放射線の影響を論じることは不十分であると言わざるを得ない。それにもかかわらず、今回の解析では、諸種の癌、殊に致命率の比較的低い癌の有病率に放射線の関連性が認められた。そのうちでも甲状腺癌、乳癌においては線量効果が強く、特に若年者では著しい。また、リンパ組識および造血組織の新生物で依然として有意性が検出されており、それ以外の全癌でも早期から原爆との関係が証明されたのは重要な知見である。更に良性腫瘍の解析で線量に伴う増加が示唆されたが、剖検例では碓認されなかった。しかし、本所見は放射線の催腫瘍性を考慮する上で多大の問題を提起するものである。他の疾患としては、種々の甲状腺疾患、貧血、白内障、大動脈石灰化に線量と著明な関連が見られた。また身体計測値や検査でも、前報で指摘された若年被爆者の成長、発育の阻害以外に、血色素、ヘマトクリット、赤血球沈降速度、白血球数などに線量との関係が観察された。総体的に多くの疾患や測定値において放射線の関連性は若年被爆者で強い。更に、放射線の加齢現象に対する若干の影響もうかがわれる。

癌、良性腫瘍、およびその他の疾患のほとんどの有病率は、全体として広島の方が長崎より高いが、乳癌、甲状腺癌では両市間に差異は認められない。男女間の差は前回とほとんど同一の所見を呈し、特記すべきものはない。

経時的変化に関して増加傾向を示すものは、疾患として甲状腺癌、乳癌、全癌、甲状腺疾患および白内障など、測定値では血清コレステロールおよび比体重である。また減少傾向のあるものは、結核などの感染症および貧血である。前期間に見られた白血球数の減少傾向は最近では明らかでない。また前回下降傾向がうかがわれた血圧は、今期間中に上昇の傾向に転じている。

成人健康調査の本来の使命は、放射線の人体に及ぼす影響の有無を究明することである。今回臨床データを十分に解析したとは言いがたいが、それでも放射線量と有病率および疾患以前の微妙な生物学的所見との関連が示されたことは、本調査の実施に踏み切った当初の決定が正当であったことを証明するものである。また、本解析の所見は、若年被爆者の長期にわたる追跡調査が今後とも引き続き価値を有することを示唆する。その結果蓄積される資料によって、必ずや放射線の人に対するすべての影響に関して重要な知見が得られるであろう。

 

編集者注:

本報の次の部分は、伝染性疾病頻度、アレルギー、悪性腫瘍、および公衆衛生の観点から興味深い他の多くの症状に関するデータを含む。

 

挿入図表一覧

  1. 成人健康調査集団の減少度
  2. 成人健康調査集団の追加数、被曝線量、都市、および性別
  3. 成人健康調査集団追加群の連絡結果
  4. 第11周期受診者の受診回数
  5. 非受診者のうち “too ill to come” の割合(%)、被曝線量別
  6. 受診皆無者の性・年齢訂正死亡率(%)、1958-76年
  7. A.良性腫瘍の都市・性・年齢訂正有病率(1,000人当たり)、被曝線量、周期別
    B.良性腫瘍の都市・性訂正有病率(1,000人当たり)、被曝線量、周期、および原爆時年齢別
  8. A.剖検による良性腫瘍全症例の年齢訂正の割合、被曝線量および原爆時年齢別、1950-80年
    B.剖検による良性腫瘍全症例の年齢訂正の割合、被曝線量および期間別、1950-80年
  9. 剖検例における部位別良性腫瘍の相対危険度、寿命調査集団、1967-74年
  10. 原爆時年齢の健診時年齢への変換
  11. 悪性新生物の有病率の経時的変化
  12. 悪性新生物を除く疾患の有病率の経時的変化

  1. 調査集団の減少率、周期および被爆の有無別
  2. 調査集団の減少率、周期および被曝線量別
  3. 被爆群の受診率、周期および都市別
  4. A.第9周期の動脈疾患の有病率、被曝線量および原爆時年齢別
    B.各原爆時年齢群の動脈疾患の有病率、被曝線量および周期別
  5. A.第9周期における平均血沈値、被曝線量および原爆時年齢別
    B.各原爆時年齢群の平均血沈値、被曝線量および周期別
  6. 収縮期血圧の経時的変化、性別
  7. 拡張期血圧の経時的変化、性別
  8. コレステロールの経時的変化、性別
  9. 比体重の経時的変化、性別

付表A

  1. 成人健康調査集団(設定時)の年齢、性および被曝線量別構成
  2. 集団の減少度、被曝線量別
  3. 受診率
  4. 死亡者数
  5. 受診者数
  6. 全結核
  7. 潜伏梅毒
  8. その他の梅毒
  9. 寄生虫病その他
  10. 消化器および腹膜の悪性新生物
  11. 呼吸器系の悪性新生物
  12. 乳房および性尿器の悪性新生物
  13. その他および部位不明の悪性新生物、甲状腺を含む
  14. アレルギー性疾患
  15. 甲状腺の疾患
  16. 糖尿病
  17. ビタミン欠乏症およびその他の物質代謝病
  18. 血液および造血器の疾患
  19. 中枢神経系の血管損傷
  20. 炎症性以外の眼の疾患および状態、白内障を含む
  21. 耳および乳様突起の疾患
  22. 動脈硬化性および変性性心疾患
  23. その他の心疾患
  24. 高血圧性心疾患
  25. その他の高血圧性心疾患
  26. 動脈の疾患
  27. 静脈の疾患およびその他の循環器系の疾患
  28. 気管支炎
  29. その他の呼吸器系の疾患、インフルエンザ、肺炎および感冒を除く
  30. 胃および十二指腸の疾患
  31. その他の腸および腹膜の疾患、ヘルニアおよび虫垂炎を除く
  32. 肝臓、胆嚢および膵臓の疾患
  33. 腎炎およびネフローゼ
  34. その他の泌尿器系の疾患
  35. 関節炎およびリューマチ、リューマチ熱を除く
  36. 骨髄炎およびその他の骨、関節の疾患
  37. その他の筋骨格系の疾患
  38. 身長
  39. 体重
  40. 収縮期血圧
  41. 拡張期血圧
  42. 心臓横径
  43. 胸廓幅
  44. 心臓横径/胸廓幅
  45. 正常心電図
  46. 心筋虚血を示唆する心電図
  47. 心筋梗塞を示唆する心電図
  48. 血色素量
  49. ヘマトクリット
  50. 血沈
  51. 総白血球数
  52. 好中球百分率
  53. リンパ球百分率
  54. 単球百分率
  55. 好酸球百分率
  56. 好塩基球百分率
  57. コレステロール
  58. 尿酸
  59. 蛋白質
  60. 糖尿
  61. 糞便血液
  62. 糞便虫体

付表B

  1. 胃癌
  2. 肺癌
  3. 乳癌
  4. 子宮癌
  5. 甲状腺癌
  6. リンパ組織および造血組織の癌
  7. リンパ組織および造血組織以外の癌
  8. 良性腫瘍
  9. 良性腫瘍の発生率
  10. 子宮筋腫
  11. 消化器系の良性腫瘍
  12. 脂肪腫
  13. 甲状腺の疾患
  14. 単純性および詳細不明甲状腺腫
  15. 結節性甲状腺腫
  16. 甲状腺腫を有する、または有しない甲状腺中毒症、先天性および後天性甲状腺機能低下症
  17. 甲状腺炎
  18. 白内障
  19. 炎症性以外の眼の疾患および状態、白内障を除く
  20. 平均赤血球容量
  21. 平均赤血球血色素量
  22. 平均赤血球血色素濃度
  23. 血沈:例外値を除く
  24. 血沈:幾何平均値
  25. 血沈:貧血、癌、甲状腺疾患を除く

戻る