放影研報告書(RR) 4-98

S値は原爆被爆者が受けた放射線量に対する中性子線の有意な寄与の証拠にはならない

中野美満子, 児玉喜明, 大瀧一夫, 伊藤正博, 中村 典
Int J Radiat Biol 75(1):47-9, 1999

要約

目的

蛍光in situハイブリダイゼーション(FISH)による完全な転座と不完全な転座の比(S値と呼ぶ)が,異なる放射線被曝の細胞遺伝学的証拠(フィンガープリント)になるという提唱がある。これまでの調査の結果,X線やガンマ線といった粗にイオン化を生じる放射線ではS値は~10,密にイオン化を生じる放射線ではS値は~2であると示唆された。原爆被爆者に関するFISHのデータは,S値が3.25であったことから,原爆放射線には中性子線の有意寄与があると示唆された。この可能性を検討するために,試験管内のX線照射実験を行った。

材料と方法

ヒトの血液リンパ球をX線照射して第一分裂細胞像を1, 2, 4番の染色体DNAプローブを用いるFISH法にて分析した。

結果

X線照射した実験のS値は,これまでに報告された~10とは異なり3.16という値を得た。これは,原爆被爆者のリンパ球についての3.25よりも大きくはなかった。

結論

S値は,粗にイオン化を生じる放射線の場合でも,研究室間で値が異なるように思われる。この調査で得られたデータは,S値が広島における原爆被爆者が受けた放射線量に中性子線が有意に寄与していたという証拠にはならないことを示している。

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