放影研報告書(RR) 12-98

ヒト胎児発生初期に生じたハプトグロビン遺伝子座の分子内組み換えによるキメラ現象

浅川順一, 小平美江子, 中村 典, 佐藤千代子, 藤田幹雄
Proc Natl Acad Sci USA 96:10314-9, 1999

要約

ヒト・ハプトグロビン(HP)には、対立遺伝子として HP*1HP*2がある。HP*1は原型、HP*2HP*1遺伝子の部分重複により生じたものであり、1.7 kbの重複塩基配列を有する。原爆被爆者の子供13,000人と非被爆者の子供10,000人における遺伝学的調査の結果、2人の子供がハプトグロビン遺伝子における de novo突然変異と判定された(それぞれのグループで各1人)。この2人について、Epstein-Barrウイルスで不死化したB細胞の単一細胞由来コロニーを用いてDNAを解析した結果、2人とも HP*2/HP*2細胞と HP*2/HP*1細胞から成るモザイク個体であることが明らかとなった。その割合はおよそ3:1であった。後者の細胞は、HP*2/HP*2細胞の片方のHP*2対立遺伝子において部分重複配列間で相同組み換えが起こり、1個分の重複部分が正確に除去されて生じたHP*2からHP*1への復帰突然変異により生じたと説明される。モザイクの部分が大きい(約25%)ことから、この組み換えは胎児発生の初期に生じたものと考えられる。これらの突然変異個体の検出頻度とモザイクの大きさとを併せて考えると、HP*2から HP*1への復帰突然変異の割合は発生途中の細胞当たり8×10-6に相当する。このことより、頻度は低いものの、いかなるHP2-2個人にもHP*1対立遺伝子を持つ細胞が存在するのではないかと考えられる。そこで、HP2-2である1人についてPCR法を用いて HP*1対立遺伝子頻度を測定したところ、体細胞(4×10-6)、精子細胞(3×10-6)いずれにおいても HP*1対立遺伝子が検出された。体細胞のみの検討を行った他の4人すべてにおいても同様に HP*1対立遺伝子が検出された。以上の事実は、マウスやショウジョウバエにおいて以前に観察された重複部分間の相同組み換えが、まれではあるが恒常的にヒト体細胞でも同様に起こっていることを示している。

戻る