業績報告書(TR) 22-89

成熟CD4+T細胞における抗原受容体発現の自然欠損と変異

京泉誠之,秋山實利,平井裕子,楠 洋一郎,田辺和美,梅木繁子,中村 典,浜本和子,山木戸道郎

編集者注: この報告書に基づく論文は次に発表された。J Exp Med 171:1981-99,1990

要 約
高齢者や放射線被曝者にみられる免疫系の変化を明らかにする調査の一環として、T細胞レセプター(TcR)/CD3抗原複合体の発現について調査した。この複合体は抗原認識及び成熟T細胞の活性化に中心的な役割を果たしており、複合体の発現異常は種々の抗原刺激に対するT細胞の不応答性をもたらすと考えられる。

我々はフローサイトメトリーを用いて健常人(127名)やDNA修復障害及びT細胞系免疫異常が指摘されている種々の遺伝性疾患者(5名)において、成熟T細胞(CD4陽性T細胞)のうち、細胞表面TcR/CD3複合体の発現異常(欠損または減少)を持つ変異T細胞の頻度を測定した。更に複合体発現異常の性状を、4名の健常人から得られた 計37個の異常クローンを用いて免疫学的並びにDNAレベルでの解析をした。末梢血での変異T細胞頻度は健常人では 平均2.5×10-4であり、加齢に伴い統計学的に有意に増加していた(P<0.0001)。2名のファンコニー貧血症患児では同年齢の健常児の平均値と比べて、この変異体頻度は 約2~3.5倍高く、2名の毛細血管拡張性運動失調患者では 約7倍も高い 16.6×10-4と17.9×10-4であった。一方、ダウン症患者は正常範囲内の頻度であった。

変異クローン細胞の免疫学的並びに遺伝子レベルでの解析の結果は、CD3分子ではなくTcR蛋白発現の欠損及び蛋白の部分欠失などの変異が原因であることが分かった。また、TcR遺伝子の異常は末梢において誘発されていることが判明した。

このようなTcRの発現異常は老化や遺伝性疾患に認められるT細胞機能不全に重要な因子であり得ることが示唆された。

一方、現在、我々は原爆放射線を含む種々の変異原物質に被曝した人々や患者について、TcR/CD3複合体発現異常の頻度を調査しており、この遺伝子は変異原物質のモニタリングに新しいインディケーターとして応用できる可能性が示されている。

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