重症複合免疫不全マウスにおけるヒト毛髪の生長と脱毛

ヒト放射線被ばくの生体内実験モデルを用いれば放射線誘発疾病の発生過程を理解できる

放影研放射線生物学部 京泉誠之

この記事は RERF Update 7(2):4-5, 1995に掲載されたものの翻訳です。


1988年にスタンフォード大学の JM McCune らが胸腺およびリンパ節組織などの機能的なヒト胎児造血リンパ器官を重症複合免疫不全(SCID)マウスに移植することに成功した(McCuneら、Science 241:1632-9, 1988)。この記事を読んだ時、ヒト組織を移植したSCIDマウス(SCID-huマウス)にはどのような放射線源および線量の放射線でも照射できるので、ヒト放射線被ばくの生体内実験モデルとして使用できるだろうという考えが浮んだ。

原爆被爆者および放射線事故犠牲者に関する放射線の急性効果と晩発効果について報告はされているが、線量推定が不正確であったり、放射線による疾病の発生過程について直接分析するための生物学的試料を入手することが困難なことから、このような情報は限られている。その結果、意味のあるリスク評価をすることが難しかった。

この問題を念頭におき、特別研究制度を利用して McCune博士 が研究する SyStemix社(カリフォルニア州Palo Alto)で1989年から2年間を過ごした。そこで、ヒト造血機能に関して放射線生物学的な研究を行うことを目的に SCID-huマウスモデル を開発した(京泉ら、Blood 79:1704-1, 1992; Blood 81:1479-88, 1993; Radiat Res 137:76-83, 1994)。1992年に放影研に復職してからは、同僚とともにヒトの放射線リスク解析へのSCID-huマウスの応用について様々な観点から模索してきた。ここでは放射線に起因するヒト脱毛の調査のために開発したSCID-hu皮膚モデルについて簡単に紹介する。

 

ヒト脱毛のSCID-huマウスモデル

脱毛が電離放射線の急性症状の1つであることはかなり以前から確認されているが、その線量効果反応および機序についてはあまり知られていない。我々はヒト皮膚組織を SCIDマウス に移植することにより、ヒトにおける放射線誘発脱毛症の実験モデルを開発した。奇形により死亡した胎児の頭部皮膚組織を SCIDマウス背部に移植した。毛髪は移植後数カ月で一旦抜け落ちたが、再び伸長し、1年以上にわたって伸長した。移植の約5カ月後に移植皮膚組織に様々な線量のX線を局所照射した。照射後2週目で、高線量照射グループ(3Gy以上照射)に脱毛が観察された。3週目には、1Gy以下のグループでは脱毛は観察されず、脱毛率(単位面積当たりの抜け落ちた毛髪の割合)が 2-3Gyで急激に増加することが分かった。3Gy以上のX線を照射したグループでは、半分以上の毛髪が抜け、6Gy照射では抜けなかった毛髪は10%にも満たない(図1.)。これは以前行われた原爆被爆者の面接調査に基づき報告された(DO Stram, S Mizuno, Radiat Res 117:93-113, 1989)重度脱毛の線量効果反応と類似しており、このSCID-huマウスモデルの妥当性を裏付けている。

照射後3週目と4週目にSCID-huマウスから採取したヒト毛髪を顕微鏡で観察した。高線量照射(3Gy以上)後3週目に抜けた毛髪は毛根近くで細くなっており、針先のような形になっていた。これらの損傷を受けた毛包の組織構造を見ると、正常な毛球構造はほぼ完全に消失し、上皮様構造のみが残存していた。4週目では、様々な線量のX線照射に対して生き残った毛髪は、明らかに中央部は細くなっていたが、毛根方向に向けて次第に元の太さに戻っていた。毛髪の最も細い部分の最小直径はX線照射線量が3Gyまでは線量依存的に低下し、3Gyで抜けなかった毛髪の平均直径は約20μmだった。以上の結果、放射線量と共に毛髪の直径は減少し、毛髪の直径が約20μm以下になると毛髪が折れて脱毛が生じることが示唆された。しかしその一方では、毛髪の中には放射線耐性で、6Gy照射後も抜けなかったものもある。

図1. 左:ヒト頭皮組織を移植した重症複合免疫不全マウス
右:ヒト毛髪は6GyのX線を照射後3週目に脱毛した。

 

これら放射線耐性の毛髪の直径は約25μmで、毛根から毛先までほぼ同じ太さだった。組織学的解析により、これらの放射線耐性の毛髪が休止期毛包に由来するものであることが判明した。脱毛後2、3カ月で、6Gy照射後でも毛髪は再生することができた。しかし、再生毛髪の直径は照射していない毛髪の直径よりも有意に細かった。

 

脱毛の機序に関する推論

図2. に放射線によるヒト脱毛についての仮説的な機序を示す。放射線照射後、毛母基で増殖している多くの細胞が死滅し、毛髪形成活性が減少する。高線量域(3Gy以上)では、毛母基はかなりの損傷を受けるか消滅し、毛髪は細くなり、遂には折れる。低線量域(2Gy以下)でも毛髪は細くなるが、毛母基が回復するにつれて毛髪は折れることなく元の太さまで回復する。高線量に被ばくした場合でも、傷害を受けた毛包に由来する上皮組織において生き残る毛包幹細胞もあるだろう。毛包上皮中に毛包幹細胞が存在するという説は、最近フランスの研究グループ(A Rochatら、Cell76:1063-73, 1994)により提案された。これらの幹細胞は、増殖・分化を行い毛包構造を再構築し、毛髪を再生できるようになる。

図2. 放射線に起因するヒト脱毛の仮説的機序

 

我々が確立したSCID-huマウス系により、放射線のヒト組織への影響を生体内で調べることが可能であり、放射線による疾病発生の理解に大きな貢献ができる。

 

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