放影研寿命調査における乳癌

線量に関連する過剰リスクは遺伝的要因および出産暦によりかなり影響を受ける。

米国立癌研究所放射線疫学部 Charles E. Land、放影研病理疫学部 徳永正義

この記事は RERF Update 5(1):3-4, 1993に掲載されたものの翻訳です。


女性における乳癌のリスクの増大は、原爆放射線被ばくの後影響として比較的よく定量化されている。またこのリスクについては結核、脊柱側弯症、良性乳房疾患、胸腺肥大などに関連した診断または治療の目的で複数回X線に被ばくした患者で詳しく調査されている。医療放射線を被ばくした集団と放影研寿命調査(LSS)対象者のデータはほぼ同じ時期に得られ、だいたい並行して研究が進展している。例えば、C. Wanebo らによるABCC-放影研の臨床副次集団における乳癌発生率の第一回目の調査(New Engl J Med 279:667-71, 1968)は、I. MacKenzie が Nova Scotian結核療養所 に以前いた患者においてリスクが増大したことを発見した(Br J Cancer 19:1-8, 1965)のがきっかけとなり実施された。

一連のLSS調査について特にその科学的価値が高まったのは次の2つの重要な事実による。まず、幼少期または思春期に被ばくした女性の放射線関連のリスクは成人以降に被ばくした人のリスクより高く、1945年時の年齢分布が日本の都市部の典型であったLSS集団は、被ばく年齢の低い人が大部分となっていること。次に、J. Boice ら(Radiology 131:589-97, 1979)、C. Land ら(JNCI 65:353-76, 1980)、そして最も新しく説得力があると思われる D. Preston ら(原稿作成中)による並行した解析により、通常の乳癌発生率は日本の方が相当低いにもかかわらず、放射線に関連した乳癌のリスクは、放射線に被ばくした日本女性と白人女性の集団を比べるとほとんど同じであることが明確になった。したがって、いかなる被ばく線量レベルにおいても、過剰リスクの自然発生率に対する割合は現在調査が行われているどの集団よりもLSS集団がはるかに高く、これは、LSSデータがリスクの詳細および放射線誘発癌の性質について、より多くの情報を提供できることを示す。

LSS集団の乳癌の最新の部位別調査(徳永正義ら、Radiat Res 138:209-223, 1994)は、1950-1985年に診断された、被爆時10歳未満であった被爆者68人と被爆時年齢が 10歳から 19歳であった 30人を含む 807例に基づいている。予想どおり、線量反応および被爆時年齢、到達年齢および被爆からの経過時間による補正に関する所見は、広島、長崎に現在も生存しているLSS対象者についての 1958-1987年の腫瘍登録診断に基づく D. Thompson ら(Radiat Res 137S:17-67, 1994)の報告にある所見に類似していた。特に、線量反応は顕著で強く線形を示しており、過剰相対リスク(ERR)は被爆時年齢の増加(図1)または到達年齢の増加に伴い減少し、年齢を調整すると、ERRは被爆後の経過時間ではほとんど変化しない。被爆時年齢40歳以上の女性ではリスクは比較的低かったが、現在は当該グループにおいて統計的に有意な過剰がある。

図1. 不連続の区間に関する、および滑らかな関数としての、 被爆時年齢別シーベルト当たり過剰相対リスクの適合線形モデル推定値 および 90%信頼限界。*下限の最小可能値

 

更に詳細な部位別の解析からの驚くべき所見として、ERRは 35歳以降に診断された癌よりも、35歳未満で診断された早期発症の乳癌で際立って高かったことが挙げられる。それは、極端な対照を示し、被爆時年齢 20歳未満の女性では、早期発症の乳癌の 1SvでのERRは 13.5で 90%信頼限界は 4.4、68.9であり、それに対し被爆時年齢 35歳以上のERRは 2.0(1.3、3.0)であった。更に、年齢別の推定値は到達年齢 35-44歳、45-54歳、55歳以上の群で本質的に一様であった(図2)。その説明として、放射線誘発の乳癌に遺伝的に感受性の高い副次群が存在していることを反映していると言えるかもしれない。この解釈は、特に低年齢時の乳癌リスクの遺伝的根拠に関する最近の所見により支持されている。これは、遺伝した常染色体優生突然変異のため、一般人口の 1%未満が 29歳未満の集団リスクの三分の一を占めている、という所見である(E. Claussら、Am J Hum Genet 48:232-42, 1991; B. Newmanら、Proc Natl Acad Sci USA 85:3044-8, 1988)。この遺伝症候群の女性の体細胞すべてが突然変異を起こした対立遺伝子をすでに一つ有しているので、彼女たちは放射線に普通以上に感受性があるのかもしれない。腫瘍抑制遺伝子が関与している可能性もあり、放影研で現在調査中である。

図2. 被爆時年齢20歳未満の女性の到達年齢区間別、シーベルト当たり過剰相対リスクの
適合線形モデル推定値 および 90%信頼限界。症例数はエラー・バーの上に示してある。

 

早期発症の数例を例外として、被爆時年齢を固定した場合、ERRは到達年齢または被爆からの経過時間のどちらにも関連しない傾向を示すという点で、放射線関連の乳癌リスクは一般の年齢別集団の発生率に緊密に関連しているということは注目に値する。これは、すべての乳癌は、放射線関連であろうとなかろうと、年齢とともに変化する他の因子に同様に影響を受けていることを示唆している。調査したすべての一般集団において、出産歴はリスクに強く関係していた。特に 20歳前に初めて満期出産を経験した女性のリスクは30歳までにそういった出産を経験していない女性のリスクの三分の一であり、この点に関係した他の因子、例えば子供の数および授乳歴もリスクと相関関係がある。

1980年以前に診断された癌症例と被爆時年齢、都市、および被ばく線量を一致させた対照例について、症例対照面接調査を行った。その目的は、(1)通常のリスク因子がLSS対象者でも作用していたか、(2)これらの因子が被ばく線量と相互に作用し合い乳癌リスクに影響を与えたかどうか、および(3)被爆時年齢別の放射線関連のERRにおける差異が被爆時の出産歴の点から説明可能であったか、を決定するためであった。予想どおり、初回満期出産時の年齢は、いくつかの相関関係のある変数と同様(C. Landら、Cancer Causes Control 5:157-165, 1994)、リスクと強く正に関係していた(図3)。初回満期出産時の年齢について調整をした後も、出産回数と総累積授乳期間がそれぞれリスクと強い負の相関を示していた。

図3. 初回満期出産時の年齢別の乳癌推定相対リスク(90%信頼区間)

 

上記の因子と被ばく線量との相互作用を、発生率データ(C. Land ら、Cancer Causes Control5:167-176, 1994)から得た線量関連のERRの推定値(図1参照)を用いて調査した。3つの因子すべてについて、線量との相加的関係を高い確率で否定できたが、一方、相乗的関係は観察と一致していた(図4)。したがって、例えば初回満期出産時の低年齢は、自然癌発生率および放射線関連の乳癌リスクの両方に対し、ほぼ同じ割合で防護的役割を果たしているように思われた(すなわち、自然癌発生率が三分の一に減少するのに伴い、あらゆる線量レベルの線量関連リスクが同様に減少する)。3つの因子のうち他の2つの因子についての相加的作用を否定する証拠は、初回満期出産の年齢との相互関係の点から説明がつくように思われたので、相乗作用を示す証拠は本質的に初めの因子に限られた。

図4. 初回満期出産時の年齢1歳当たりの推定相対リスク乗数。
放射線量との相互作用に関する乗法および
加法モデルに従った線量別の値とそれに対応する予測値。

 

現在進行中の解析は、被爆時における出産歴が被ばく線量反応の修飾因子として果たす役割に関するものである。この関係は複雑なものと思われる。まだ予備的な結果であるが興味深いものとして、初回満期出産時の低年齢の放射線誘発乳癌に対する予防的な効果が、放射線被ばく前にそういった妊娠を経験しなかった女性または(ほとんど同じことであるが)幼少期または思春期に被爆した女性において明らかにみられる、ということがある。しかし、初回満期出産後に、または成人になってから被爆した女性では、相乗的作用の証拠は弱い。それはおそらく線量関連の過剰リスクのレベルが低いためであろう。

LSS対象者から得た初期の乳癌のデータからは、(1)この集団は世界でも乳癌の率が最も低い集団の1つであるが、高い放射線関連のリスクがあること、および (2)乳房発達前に被ばくしたことによる過剰リスクがある、ということが明らかになったが、これは驚くべきことであった。最近、また驚くべきことに、放射線関連の早期発症の乳癌リスクにおける強い遺伝的要因を示唆する証拠が得られ、被ばく線量と自然癌発生率(日本対米国)との相加的相互作用関係と線量と出産歴との明らかに相乗的な関係の対比が明らかになってきた。放射線は、世界的に乳癌発生率の差異に関係する他のリスク因子と競合するが、出産歴の影響は、放射線被ばくや他の発癌イニシエーターに関連する潜在癌に同様に作用する促進因子により表われてくるように思われる。

現在のリスクパターンが続くと、LSS対象者の余命中に乳癌が更に 約480例発症することが予測され、うち 約155例が放射線被ばくに関連している可能性がある。新しい症例の 70%以上および放射線関連症例の 90%以上が、被爆時年齢 20歳未満であった女性に発症すると予測される。したがって、この集団の継続追跡調査から更に多くの情報が得られるであろう。

戻る