寿命調査 第12報 第1部の概略
原爆被爆者におけるがん死亡率に関するこの最新の検討では、過剰がんリスクの年齢および時間別パターンを明らかにするために改良された解析方法が検討された。
放影研疫学部 Donald Pierce、清水由紀子、馬淵清彦、統計部 Dale Preston
この記事は RERF Update 8(1):10-2, 1996に掲載されたものの翻訳です。
1990年までのがん死亡率に関する寿命調査(LSS)報告書が Radiation Research誌の7月号に掲載された。この最新の報告書は、追跡期間を5年間延長し、最新線量推定値が計算された 約10,000人を加えることにより、以前のLSS報告書を拡大したものである。この報告書の重要な点について以下に述べる。
表1 および 2は、固形がんと白血病の過剰死亡率の概略を示したものである。LSS第12報では、中性子に対する生物学的効果比(RBE)を 10とした線量(Sv)がすべての解析に使用されている。バックグラウンド期待値は、放射線被ばくがなかった場合に、1950年から 1990年までにLSS集団に観察されうる推定がん死亡数を示している。過剰死亡数は、観察数とバックグラウンド期待値との差である。これは確率変数であり、幾つかの低線量区分に認められる負の数値は過剰リスクゼロの正規な標本誤差の範囲内である。過剰相対リスクは被爆時年齢および性に依存するが、これらの表から、線量区分別のリスクレベルの概略を知ることができる。この調査集団において、0.005Sv以上の線量被ばく者の平均結腸線量および骨髄線量は約0.2Svであった。我々の追跡調査において、固形がんによる過剰死亡例が 約334例、白血病による過剰死亡例が 約87例あった。正確に数えてはいないが、LSS集団には、0.005Sv程度以上の放射線量に被ばくした全被爆者の約半数が含まれると考えられる。
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白血病とは対照的に、固形がんによる過剰死亡の 約25%が 過去5年間に発生した。小児期に被爆した者の場合、この数値は 約50%である。過剰固形がんリスクがこのように長期間-小児期に被爆した者の場合でもほぼ生涯にわたり-持続するということは、放影研におけるがん調査で得られた最も重要な調査結果の一つである。これは概して予測されなかったことであり、リスクがこのように長期間持続することは過去20年の間に徐々に明瞭になってきた。本報告書で主に目指したのは、継続されている追跡調査と改良された解析方法を利用して、過剰がんリスクの年齢および時間別パターンを究明することである。
1シーベルト(Sv)当たりの年齢別過剰相対リスク(ERR)、すなわち年齢別バックグラウンド死亡率に対する過剰の比率を男女別および被爆時年齢別(10、30、50歳)に 図1 に示した。がん死亡の過剰絶対リスク(EAR)は男女で類似しているが、女性の方がバックグラウンドがん死亡率は低いので、女性のERRは男性よりも大きかった。被爆時年齢が 30歳および 50歳の者の場合、ERRは男女共に追跡調査期間を通じて比較的一定しているが、レベルは被爆時年齢に依存している。すなわち、成人期に被爆した者の場合、EARはバックグラウンドがん死亡率にほぼ比例して年齢と共に増加した。小児期に被爆した者の場合、ERRは最初非常に高いが、追跡期間と共に減少した。若年被爆者におけるERRが大きいのは、かなり小さいEARを極めて小さいバックグラウンドがん死亡率で割ったためである。ERRの減少は、EARの年齢および時間に伴う増加がバックグラウンドがん死亡率の年齢に依存した増加よりも急激でないことを意味している。この減少の程度、特に追跡調査の初期におけるERRレベルの推定は不正確であり、実際、減少の統計的有意性は示唆的である。
本報においては、EARにおける年齢、時間および男女別のパターンの記述に重点を置いた。これまで、主なリスク推定値としてはERRを使用し、ERR推定値を性および被爆時年齢別に示すことによってこのようなやり方を継続しているが、データをより明瞭に理解するためにはEARにもっと注意を払うべきであることがわかった。 図1 のERRに年齢別および男女別のバックグラウンドがん死亡率を乗じて得られたEARを 図2 に示した。この図で認められる性差は統計的に有意ではなく、被爆時年齢別の差も統計的に示唆的であるにすぎない。これは、小児期被爆者における過剰絶対リスクを更に明瞭に示唆するものであるが、この過剰絶対リスクは、現在までの追跡調査では、成人期に被爆した者と比較してむしろ小さく、年齢または時間と共に増加することがわかっている。主に 図1 に示された所見に基づいて、子供は成人よりも放射線に対する感受性が高いとよく言われる。確かに、若年被爆者のERRは追跡期間の大部分を通じて高いが、このような見方を評価する際に、図2 に示されるようなパターンを考慮する必要がある。
図3 に示すように、EARを1本の曲線にまとめることにより、データを適切に説明することができる。すなわち、要約すれば、年齢別過剰絶対がん死亡率は男女で等しく、被爆時年齢に依存しない。最低 5-10年の潜伏期間の後、過剰リスクは現在の年齢のみに依存すると考えられる。各パターンを1本の曲線にまとめ、このEARを年齢および性別バックグラウンド率で割ると、男女について、図1 に示した3本の線に近い単一の曲線が得られる。従って、ERRは男女共に被爆時年齢よりはむしろ年齢にのみ依存するとも考えられる。

図1. 被爆時年齢10歳、30歳、50歳の被爆者の年齢の関数として示した 固形がんの1Sv当たりの過剰相対リスク

図2. 被爆時年齢10歳、30歳、50歳の被爆者の年齢の関数として示した
固形がんの1Sv当たりの過剰絶対リスク

図3. 被爆時年齢30歳、被ばく放射線量0.20Sv(0.005Sv程度以上の線量に
被ばくしたと考えられる被爆者の平均線量)の被爆者の年齢の関数として示した
固形がんのバックグラウンドがん死亡率および過剰絶対リスク
白血病の年齢および時間別パターンは複雑であるが、これまで認められていた通り、有意な白血病リスクは追跡期間の極めて初期に認められ、1950年以前においても高いリスクが認められていた。
過剰リスクの年齢および時間別のこのようなパターンは、放射線に関連したがんの生物学的機序を理解する上で重要であると思われ、調査集団の生涯リスク推定の基盤ともなる。性および被爆時年齢別の推定生涯リスクを 表3 および 表4 に示した。現在までの追跡調査期間以降のリスク推定は、おもに小児期被爆者の固形がんについて問題になる。LSS第12報においては、このような推定に4つの方法が用いられたが、ここでは中間的な方法による結果のみを示す。固形がんに認められる性差は、おおむね女性の方が長寿であることを反映している。小児期被爆者の固形がんリスクが高いのは、彼らの生涯の大部分を通じてリスクが高いことが大きな理由となっている。白血病の線量反応は幾分非線形であり、例えば 0.1Svなどの低線量における白血病の過剰生涯リスク推定値は単純な線形外挿により推定されるリスクの 約50%である。
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最後に、本文 および LSS第12報ともに、1Svにおける過剰リスクの記述に重点を置いている。我々の調査集団において、0.005Sv以上の放射線量に被ばくした者の平均線量は 約0.20Svである。図3 では、0.20Svにおける過剰リスクを示すことによって、被爆者全般の過剰がん死亡リスクが明瞭に示される。これは、すでに述べたように、EARに基づく単純な記述方法を用いたものである。全体像を理解するために、被爆時年齢が 30歳の者における年齢-性別のバックグラウンド率を示した。しかし、図3 に示したEARは、被爆後約10年の最低潜伏期間以後から始まって、すべての被爆時年齢に使用できる。