放射線と喫煙と肺癌

喫煙と放射線被ばくが肺癌の各組織型に及ぼす影響-日米共同調査による新しい知見

放影研疫学部 馬淵清彦、放影研顧問、米国国立癌研究所放射線疫学部 Charles E Land、放影研疫学部 秋葉澄伯

この記事は RERF Update 3(4):7-8, 1991に掲載されたものの翻訳です。


肺癌は世界の多くの国で発病頻度の高い癌の一つになっている。喫煙は肺癌の最も重要な原因と考えられているが、職業的放射線被ばくも、喫煙ほどではないにしても、肺癌の重要な原因である。疫学的調査の結果は、栄養状態およびある種の宿主要因も個人の肺癌発生リスクを修飾することを示唆している。電離放射線が肺癌を誘発することは以前から知られており、原爆被爆者などのいくつかの集団では重要な病因となっている。肺癌の病因は、それが多様であることに加えて、種々の細胞型があることがその特徴である。このような特性があるため、放射線以外の因子の交絡および修飾の影響を考慮する必要があり、リスク評価を複雑なものとしている。同時に、放射線と、喫煙などもっと一般的な発癌物質による癌誘発の多因子的な面を研究する上で、これらの特徴は好都合なモデルとなるものである。

 

喫煙はどのようにリスク推定に影響するか?

腫瘍登録に基づく 1950-87年における発生率データ解析の結果、肺癌は、放射線被ばくに関連して相対リスクが高くなっている癌の1つであることが示された。被爆者において観察される肺癌例の 5分の1近くが、原爆被ばくに起因していると推定される。1Svでの推定過剰相対リスク(ERR)は 0.95であり、有意な線量反応関係が示された。被爆時年齢、到達年齢、性別、被爆後経過時間などの通常のリスク修飾因子のうち、性別が最も強い影響を及ぼす点が注目される。女性の推定 ERR は 1.93であり、男性(0.48)の 約4倍である。この男女間の差異は、癌のバックグラウンド発生率の男女差によってほぼ説明がつく。男性のバックグラウンド発生率は女性の 約3倍であり、これはおそらく男性の喫煙率が女性に比べ高いことを反映しているものであろう。以前 K Kopecky ら(放影研業績報告書 TR13ー86)は、喫煙と放射線被ばくの影響が相加的であろうと仮定して補正を行った結果、原爆被爆者の肺癌相対リスクにおける男女差が少なくなることを示した。(図)

図. 1Sv当たりの肺癌の過剰相対リスク。
喫煙の相加的影響について補正しない場合(左)と補正した場合(右)。
(K Kopecky らによる放影研業績報告書 TR 13-86 を基に作成。)

 

喫煙と放射線にはどのような相互作用があるか?

喫煙と放射線が肺癌に共同的に影響を及ぼしていることは明らかである。明確でないのは、これら2つの要因がどのように相互作用しているかという点である。Kopecky らは相加的影響を示唆しているが、BEIR IV 委員会は、原爆被爆者の症例-対照者調査のデータに基づき、統計的には相加モデルも相乗モデルも否定できないとしている(Health effects of exposure to low levels of ionizing radiation [BEIR V Report], Washington DC, National Academy Press, 1990)。米国のウラン鉱夫に対する調査の所見は、喫煙とラドン娘核の相互作用についての相乗モデルを支持するものと解釈されているが、BEIR IV 委員会の解析によれば、準相乗モデルの方が両方の関係にもっと適合しているということである。

統計的な関係を正確に記述することは、リスク評価に関わる人だけでなく、放射線誘発癌の機序に関心を持つ人にとっても重要である。例えば、相乗効果は共同作用を示し、2つの要因の間に生物学的な相互作用が存在することを示唆している。喫煙と肺癌との関係をよりよく理解することも不可欠である。例えば、喫煙に関連する肺癌の相対リスクは米国よりも日本の方がかなり低い。これは日本での喫煙率が高いことを考えると驚くべきことかもしれないが、このことは第二次世界大戦中にたばこがなかったため、喫煙習慣が全国的に広がるのが20年から30年遅れたためと説明されている(EL Wynder ら、Cancer 67:746-63, 1991)。しかし、もっと若い集団、すなわち終戦時にまだ若年齢であった集団では、相対リスクは増加し始めている(秋葉澄伯および平山 雄、Environ Health Perspect 87:19-26, 1990)。この変化が、原爆被爆者における放射線と喫煙の相互作用に関する今後の研究にいかなる影響を及ぼすか観察することは興味深い。

 

組織型の相違は何を意味するか?

肺癌は3つの主な細胞型、すなわち扁平上皮癌、小細胞癌、腺癌に分類される。喫煙は、これら3種類の癌すべてに関係することが示されているが、腺癌よりも扁平上皮癌および小細胞癌との関係が強い。原爆被爆者においても、放射線被ばくにより肺癌の主な3種類のリスクがすべて増加していることが認められるが、小細胞癌のリスクは他の2種類よりも大きいように思われる。米国ウラン鉱夫と日本の原爆被爆者における肺癌に関する日米共同調査が最近完了したが、その予備的解析により、喫煙、放射線量、放射線の質の相互関係と、癌の組織型との関係について新しい知見が得られている。この調査の目的は、第一に、二つの集団間で肺癌の組織型に差異があるかどうかを究明すること、第二に、肺癌の組織型の差異が観察された場合それをどのように放射線被ばくおよび他の要因の差異によって説明し得るかを評価することであった。G Saccomanno らの以前の調査(V Archer ら、Cancer 34:2056, 1974; G Saccomanno ら、Cancer 62:1402-8, 1988)では、高度に被ばくしたウラン鉱夫では、小細胞癌が異常に高頻度であることが示唆されている。

この2つの集団の比較は、放射線被ばくの特徴が明かに異なっているので、特に興味深い。すなわち、ウラン鉱夫は、長期間にわたって吸入したラドン娘核からの非透過性α放射線に被ばくしており、一方、原爆被爆者は体外の線源からの透過性の強いガンマ線にほぼ瞬間的に被ばくしている。ラドン娘核は塵粒子に付着し、大気管支または中気管支に沈着する傾向にあるが、それに対して原爆被爆の場合は、全表面面積のより大きい小気管支が放射線のほとんどを受けている。扁平上皮癌および小細胞癌は主に大気管支および中気管支に原発する(腺癌は小気管支から発生することが多い)ので、2つの集団間の組織型に放射線生物学的に立脚した差異が観察されるかもしれない。

標準化した比較対照方法により、Geno Saccomanno (St. Mary 病院、コロラド州 Grand Junction)を長とする米国の病理学者 4人と下里幸雄(国立がんセンター、東京)を長とする日本の病理学者 4人からなる日米共同グループが、原爆被爆者の寿命調査集団の肺癌 108例と、コロラド調査のウラン鉱夫の肺癌 92例の病理標本を検討した。彼らは可能な範囲で、高線量例と低線量例が等しくなるよう両集団から症例を選択し、肺新生物の WHO 分類を用いて組織診断を分類した。以前の調査から予想されたように、主な3つの種類に分類された肺癌の割合は2つの集団で異なっていた。ほとんどのウラン鉱夫例が小細胞癌であったが、原爆被爆者ではわずかに8分の1が小細胞癌であった。原爆被爆者のほぼ半数、ウラン鉱夫の 10分の1以下が腺癌であった。扁平上皮癌は両集団とも症例の 約3分の1を占めていた。

文献中の線量反応に関する推定値(Health risks of radon and other internally deposited alpha particle emitters [BEIR IV Report], Washington DC, National Academy Press, 1988; BEIR V Report, 1990; 清水ら、Radiation Research 121:120-41, 1990)によると、2つの集団から選択した症例の被ばく状況からみて、放射線被ばくにより発生した症例は、原爆被爆者よりもウラン鉱夫の方がはるかに多いと思われる。女性の症例は原爆被爆者だけにみられ、診断時の年齢および診断の年にも相違があった。男性の原爆被爆者は平均してウラン鉱夫と同程度に喫煙していたが、女性の被爆者では喫煙者の割合および一人当りの喫煙量がかなり低かった。研究者としては、集団間で観察された組織型の差異のうち、どの程度が上記の変数によって説明されるか、またどの程度が説明されないか、すなわち線質の違いおよび線源が体内であるか体外であるかを含め、集団間の差異にどの程度が起因するかを究明することが解析上の問題であった。

予想されたとおり、扁平上皮癌は圧倒的に喫煙者に多く、年齢・暦年・性別・集団・放射線被ばくについての補正の有無にかかわらず、相対頻度は累積喫煙量に伴い増加した。前述のとおり、小細胞癌と腺癌の相対頻度は2つの集団間で著しく異なり、年齢・診断の年・性別・喫煙歴について補正してもその傾向は変わらなかった。しかし、やや意外なこととしては、放射線量について補正すると差異が著しく減少し、解析に含まれていない要因によって説明しなければならない集団間の差異は実質的に残らなかった。したがって、集団間の組織型分布の差異は、放射線に関連する症例が鉱夫にはるかに多かったことに起因するように思われ、放射線の種類の違いまたは被ばく状態の違いにより肺癌の種類が異なると考える必要はないようである。

前の段落で述べた「放射線量」についての補正は、実際は推定放射線関連リスク、すなわち、ある特定の原爆被爆者またはウラン鉱夫の肺癌が被ばくによって発生する推定確率値について行ったものである。2つの集団における個人の被ばく経験をこの共通の尺度で評価すると、組織型の分布は単一のパターン、すなわち、いずれの集団でも放射線誘発癌は小細胞癌が極めて多く、放射線以外による肺癌は腺癌が非常に多いというパターンに従っていると思われる。

この興味深い研究分野には、多くの未解決の問題がある。喫煙量の多い若年齢群の被爆集団が癌好発年齢に達すると、原爆被爆者における喫煙と放射線被ばくの相互作用の性状が変化するであろうか。禁煙はどのようにこの相互作用に影響を与えるであろうか。被ばく事象の順序によって差異が生じるのであろうか。これらは重要な疫学的問題の例である。しかし、根底となる生物学的機序を理解するには、これらの質問に答えるだけでは不十分である。たとえば、現在放影研は、肺癌に焦点を当て、原爆被爆者と他の集団を比較する別の共同調査に参加しているが、その調査では、電離放射線またはアルキル化物質などその他の発癌物質に特有と言えそうな「分子学的フィンガープリント」を特定の癌抑制遺伝子に検出することを試みている。

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