寿命調査の推定癌リスクの低線量被ばくへの外挿

原爆被爆者の癌発生についての線量反応曲線の形は、高線量被ばく調査から得た推定リスクの低線量被ばくへの外挿に関して重要な情報を提供する。

放影研 統計部 Michael Væth、Dale L. Preston、疫学部 馬淵清彦

この記事は RERF Update 4(3):5-6, 1992に掲載されたものの翻訳です。


低線量被ばく後の癌の過剰リスクを直接評価するための大規模な疫学的調査はほとんど行われていない。ゆえに、高線量研究から得た傾向の外挿は低線量リスクを評価する際の重要な代替方法となる。しかし、この方法から得られる結果は、外挿モデルにより予想される線量反応曲線の形に大いに依存している。 

放影研寿命調査(LSS)の死亡データを使用した癌死亡率の線量反応曲線の形について詳細にわたる研究が最近出版された(D.A. Pierce, M.Væth, Radiat Res 126:36-42, 1991)。この研究で線形-二次線量反応モデルを用い、LSS死亡率データと一致する最高曲率が求められた。曲率の程度は低線量外挿因子(LDEF)により表された。この因子で表された数字で線形リスク推定値を割ることにより、低線量および高線量率における適切な推定リスクが求められる。解析により2.0-2.5より大きいLDEF係数はLSSの癌死亡率データとあまり一致していないことが示された。

電離放射線と関連した癌のリスクの研究では、通常、癌の発生率データが癌死亡率データより重要視される。統一された診断基準を確立し、LSSコホート中の症例確認を完了するために、過去10年間に多くのことが行われてきた。その結果、多くの臓器について総括的な癌発生の解析が完了したばかりである(D. Thompson et al, RERF TR 5-92)。1992年7月12-16日に京都で開催された低線量被ばくと生物学的防御機構についての学会で、我々は癌発生線量反応関数の曲率に関しての予備的結果を幾つか発表した。ここではそれらの結果について簡単に述べることにする。これらの解折に使われた方法論は、以前、癌死亡率データの解析に使われたものと基本的には同一である。ゆえに、この2つの結果の比較は簡単である。

 

充実性腫瘍と白血病の発生率

癌を全充実性腫瘍と白血病という2つの群に区分して、それぞれの癌発生線量反応関数を調べた。どちらの場合も解析は DS86推定カーマが 0Gy から 4Gy の間の被爆者に限定した。充実性腫瘍に関しては、1958-1987年に追跡された 79,972人の被爆者を解析した。総数 8,613例の充実性腫瘍がこの期間に登録された。白血病に関しては、追跡調査は 1950年に始まり、解析した 86,325人の被爆者の中で 231例が観察された。区分した癌のそれぞれの群について交差集計表を作り、LSSコホートにおける死亡率および発生率解析の標準的な方法となった Poisson回帰法を用いて、発生率データを解析した。線量反応曲線の形は推定線量の確率的誤差に敏感なので、DS86線量推定方式により得られた推定線量と、放影研で最近開発された方法(D.A. Pierce et al, Radiat Res 123:275-84, 1990)を用いて線量の確率的誤差効果を調整して得た推定値の両方を用いて完全な解析を行った。

線量の関数としての推定リスクは、被爆者の性、被爆時年齢、到達年齢に複雑な形で依存している。しかし、被爆時年齢および性による被爆者の分布は線量区分間であまり変わらないので、粗率から得た線量の関数としての過剰相対リスクは、癌発生の平均年齢における被爆者の過剰リスクの最近似値を表している。図1 は2つの癌群のこのようなプロットを示している。最も適合した線形-二次モデルと95%信頼区間もプロット上に示されている。線量反応は充実性腫瘍については線形に見えるが、白血病発生率に基づく線量反応曲線にはかなりの曲率が見られる。

図1. 充実性腫瘍発生率(上)と白血病発生率(下)の推定過剰相対リスクおよび95%信頼区間


発生データに基づく低線量外挿因子

更に行われた解析では発生率は としてモデル化した。d は関連臓器線量を示す。自然発生率γは、出生-コホート効果により更に修正されたログ(年齢)の性別の二次関数として表される。低線量勾配であるパラメータβは、性および被爆時年齢効果を入れた年齢のベキ関数としてモデル化された。モデルは仮定したθ値の範囲についてあてはまり、それぞれの値について、適合度、すなわち最大対数尤度比が計算された。θの関数としての最大対数尤度比のプロットはデータがいかに種々の範囲の曲率をサポートしているかを示す。解釈を容易にするために、これらのプロットを低線量外挿因子 (Low-dose extrapolation factor, LDEF) の関数として信頼度のプロットに変換した。図2 は線量における確率的誤差が調整されている解析と、されていない解折に基づくデータセットのプロットを示している。LDEFに対する信頼区間はこの 図 からたやすく得ることができる。図2 で要約された結果から、1に近いLDEF値だけが充実性腫瘍発生率の線量反応曲線の形と一致していることをはっきりと示している。これは線形モデルはこれらのデー夕をよく説明し、低線量修正が必要ないことを示唆している。

 

図2. 調整および未調整の線量に基づく寿命調査における
充実性腫瘍と白血病の発生率に対する低線量外挿因子(LDEF)の推定値。
信頼区間の両側に対応する信頼度がLDEFに対してプロットされている。

 

白血病発生率についてはかなり異なった状況が見られた。LDEFは 1よりもかなり大きく、最適合値は 2.5で 10-15のような高い値もデータは除外していない。さらに、死亡率データに関する所見とは違い、充実性腫瘍のLDEFと、白血病のLDEFは有意に異なる。癌発生率に基づいた結果と癌死亡率に基づいた結果を更に比較したものを 図3 に示す。白血病については、結果はかなり似通っている。また、充実性腫瘍発生率に対する最適合LDEF値は、白血病以外の死亡率について計算されたLDEFとそれほど違いはないが、ここでは発生率データに基づく信頼区間はずっと狭い。したがって充実性腫瘍LDEFと白血病LDEFにおける違いは発生率のデータではかなりより強力に現れ、この2つを一緒にした解析は適当だとは思えない。このことは異なったエンドポイントについて共通のLDEFを使用する理由はないことを示唆している。

 

図3. 癌死亡率および癌発生率の低線量外挿因子に対する
90%信頼区間の比較。解析は調整線量に基づく。
(LSSコホート、0-4Gy) ◆ = 最大尤度推定

いくつかの複雑な問題

ここで若干の点に注意をしておくことが適当であろう。LSS発生率データの解析は、被爆者がLSS腫瘍登録の対象区域から転出するかもしれないという現実があるために複雑となっている。R. Sposto と D. Preston(RERF CR 1-92)が勧告したように、調整された人年を計算に使用することで、推定リスクに対する転出の影響は最小限に止められた。この方法は転出により引き起こされた偏りを取り除くことを目的とし、LSSコホートの副集団から得られる線量、市、性、年齢、時間の関数としての居住の確度の推定値を用いている。居住の確度の推定における不確実性はこれらの解析では考慮されていない。この付加された不確実性がもたらすと思われる影響は、信頼区間の多少の拡大である。この件についてはまた改めて述べたいと思う。

癌発生率線量反応の形は線形-二次モデルを使って調べられてきた。ゆえに、LDEF値の範囲が適切かどうかはこのモデル形の適切さに依存している。また本研究で議論しているLDEF値は高線量/高線量率被ばくに基づく線形推定リスクの低線量/高線量率被ばくへの外挿に関してであることを認識すべきである。線量率が低い場合や、被ばく線量が非常に細分されている状況への結果の適用性は、一層明確ではなく、さらにいくつかの仮定を追加する必要があり、それは現在のデータでは評価できない。

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