フランシス委員会報告書(ABCC業績報告書 33-59)

現 状

最初に立てられた調査計画は、不明確であったのか、あるいはその後の職員の交替、説明の不足、研究に対する着想が多様のためか、見失われたように思える。現在の調査活動の中心は、被爆生存者の臨床診察と病理検査により発見できる異常所見の探索である。最近、死亡者の疫学的調査が開始された。しかし、研究意欲は乏しい。

日本人以外の専門職員の数は少なく、その大部分は、調査の遂行を援助するため短期間着任している人たちであることは現在も過去も変わりない。長期的調査や放射線障害または研究に対する共通した考えはなく、また目的に対する共通の理解もない。職員に対し一生の仕事としての職業的自覚をもたせたり、一貫した助言を提供したりする、強力な支援団体が日本にも米国にもない。したがって、見解の継続性も発展しなかった。

職員はそれぞれの部に属しており、各部の活動は互いに独立しているだけではなく、最小必要限度以外はおおむね無関係である傾向がある。各部間に刺激を与えたり、部間の諸問題および目的について検討を行ったりするはずの研究会議の活動も限られている。統合された研究計画に基づいて探究を行うことに対して強力な刺激がない。医学専門職員は、日常の業務に忙殺されて蓄積された資料の解析や新しい研究に着手できないようである。CAC(原爆傷害委員会)が、種々の研究や放射線生物学に関する資料を提供すれば、この人口集団に対する探究の手がかりを得る上に大いに役立つであろう。

この調査の性質から見て、固有の不安定要因がいくつかある。両市の人口には転出転入による移動があるために、調査人口の登録がどの程度完全であるか不確実である。さらに、継続的調査のいくつかに使用する人口集団に変更が加えられている。非被爆者との比較は中止されており、対象となる人口集団について十分な知識がないままに調査が行われたこともある。必要な解析に対して十分な準備をしないで研究を開始したこともある。なお、部長の交替によって調査全体の重点が変わることもありうる。選択した調査集団から対象者が脱落することは重大な障害となっており、時には別の者が代わりに加えられたこともある。提案された調査対象集団を登録し、発見し、確認するためには種々の人口調査を繰り返す必要がある。

過去を通じて統計部は主要な部門であり、職員は長期にわたって勤務しており、また調査における各研究計画についての知識も豊富である。統計部は、調査対象集団の定義と調査群の設定に対する責任を持っている。不幸にして、調査計画の立案は必ずしも統計部の指導のもとで行われなかった。統計解析員が不足しており、医学的援助を必要とする解析も不十分であった。したがって、収集された資料から選択的調査の指針が得られるはずであるのに、相関関係の解析が遅れてその時の研究に役立たないことが多い。

さらに、統計部は、被爆生存者および対照者の身元確認、診察予定の編成、住所確認、診察のための送迎など野外活動の責任を担う。これはそれだけでも大規模な仕事である。

現在の状況をまとめると、初期の重要所見はすでに収められており、発現の予想された明白な放射線の影響は発見されたと考えられている。今まで用いた方法により、白血病や白内障の発生ならびに胎内被爆児の発育に対する放射線の影響について、確実な資料が入手されたことが認められている。第1世代に明白な遺伝特性の変化がないことを示す資料は満足すべきものであると思える。しかし、初期の調査によれば強度の放射線照射を受けた被爆者に初潮および閉経の時期に変化がある。当初の結論では全般的な血液学的変化が現れていないということであったが、長崎における特定の資料は早期加齢の影響があることを示唆している。死亡診断書調査では、対照例の調査が不十分であるが、強度の放射線を受けた者、特に男子に寿命短縮があると考えられている。

それにもかかわらず、現在は顕著な障害は現れていないという印象が一般にある。現在の検査法では、成人における障害を初期の段階に探知できないであろうといわれている。また実際には障害は発生していないのかもしれない、あるいはまだ時期が早く遅発性影響を期待することはできないであろうともいわれている。しかし、もし障害の発生頻度が極めて低いとすれば、これまでに解析が行われていない資料に含まれている可能性も考えられる。確実な陰性的結果が極めて重要であることは十分承知される。現在の段階では成果が少なく、今後の解析に適当な、臨床的ならびに病理学的に十分な資料の収集に専念しなければならないことに意見が一致している。このような状態においては経験に基づく考え方というものはほとんどない。ここでもまた相互連絡の欠如が明白である。

このような環境のもとに日本人内科医師や病理医師の教育と訓練に大きな関心が向けられた。ある事情、またはその他の理由でABCC研究計画を日本側に移管することがあれば、これは貴重な貢献となりうる。しかし、アメリカ側が引き続き責任を持つという観点からは、これは明らかに目標と背反しており、これに注がれる多くの時間と努力は主目標に対し、貢献するところが少ない。しかし、そのような努力の結果、地元医療関係者や市民との友好関係が増進し、調査人口集団の継続的観察に対する関心を高め、積極的協力が得られることが期待される。

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