放影研報告書(RR) 20-99
原爆被爆者の単一幹細胞由来CD4およびCD8 T細胞集団におけるナイーブT細胞とメモリーT細胞の分布の偏り:成人においてメモリーT細胞プールを構成している細胞の起源に関して
楠 洋一郎, 平井裕子, 箱田雅之, 京泉誠之
Radiat Res 157(5):493-9, 2002
要約
ヒトのメモリーT細胞プールが形成され維持される過程については十分に明らかにされていない。今回、1945年に17歳で約2Gyの原爆放射線に被曝した1人の成人男性のナイーブおよびメモリーT細胞の出現を調べた。この特別な被爆者では、1個の造血幹細胞に原爆放射線被曝によると考えられる hypoxanthine-guanine phosphoribosyltransferase(HPRT)遺伝子座の突然変異が以前に明らかにされており、その観察結果に基づいて今回の解析を行った。今回の主要な知見は、この2Gyの放射線量を受けた被爆者のCD4 およびCD8 T細胞集団において、CD45RA+ ナイーブ細胞画分でのHPRT突然変異細胞頻度がCD45RA– メモリー細胞画分でのそれよりも著しく高いことである。これは、同時に調べた3人の非被曝対照者のCD4およびCD8 T細胞集団において、HPRT突然変異細胞頻度がCD45RA+ ナイーブ細胞画分とCD45RA–メモリー細胞画分でほぼ同等であったのと極めて対照的である。更に、この2Gyに被曝した被爆者のナイーブ(CD45RA+)CD4 T細胞におけるHPRT突然変異細胞頻度は、メモリー(CD45RA–)細胞集団におけるそれよりも約30倍高かったが、その傾向はCD8細胞集団においてはそれほど顕著ではなく、ナイーブ細胞プールにおけるHPRT突然変異細胞頻度はメモリー細胞プールでのそれよりも約15倍程度高いだけであった。また、この被爆者のCD4およびCD8ナイーブ細胞亜集団におけるHPRT突然変異細胞は100%元のHPRT突然変異幹細胞が分裂を繰り返して生じたものであったが、CD4およびCD8メモリー細胞亜集団における変異細胞はそれぞれ24分の4および6分5のみがその幹細胞由来であった。以上の結果から端的に結論すると、この被爆者が17歳以後に産生したTs細胞の大部分はナイーブの性状を持つ細胞として留まっており、メモリー様となったものはほとんどないということである。従って、この特別な原爆被爆者の造血幹細胞から産生されたT細胞は、メモリーT細胞プールに移入したり長期間留まったりすることがほとんどないと考えられる。このようなメモリーT細胞プールへの移行の困難は、被曝していない人においても当てはまると思われる。しかしながら、これを支持する証拠を得るために不可欠な遺伝的指標が存在しないので、今までとは全く異なった画期的な実験手段によって明らかにされる情報を待たざるを得ない。