被爆者の子供のDNA調査(1985年-現在)
末梢血Bリンパ球に由来するEBウイルスにより形質転換された培養細胞株を用いて被爆者家族のDNA調査を実施している。これらの細胞は、両親またはその一方が0.01 Gy以上に被曝している500家族および両親のいずれも有意な被曝線量を受けていない500家族から成る1,000家族の親とできるだけ多くの子供から得られたものである。培養していないリンパ球や多型核白血球も保存している。最近は、DNAチップ技術などDNA解析の新しい技法が開発されつつある。
被曝群50家族と対照群50家族、計100家族のDNAを検査する試行調査を開始している。ミニサテライト遺伝子とは、数個以上のコアとなる塩基配列が高度に反復しているもので、ゲノム中に多数存在し、その反復数に大きな個人差を示すことが知られている。このような遺伝子は、遺伝的に不安定で自然に生じる突然変異率が高いので、比較的少人数の子供の検査でも放射線の影響を観察できる可能性がある。8種のプローブを用いた調査結果および多遺伝子座プローブ33.15によるDNAフィンガープリントの解析結果を表1および表2に示す。これまでのところ放射線の影響は見られない。ミニサテライト遺伝子座において検出された新しい突然変異の80%以上は父親に由来するものであった(卵子と異なり、精子ができるまでには多くの細胞分裂が必要である)。このミニサテライト突然変異に関する放影研の研究結果は、チェルノブイリ原子力発電所事故などで放射線に被曝した家族(ただし、被曝線量は原爆被爆者よりもかなり少ない)に関して英国の研究グループが得た調査結果と対照的であるが、その理由はまだ明らかではない。
放射線の遺伝的影響に関するDNA調査として、最近マイクロアレイを使った予備的調査が行われた。使用されたマイクロアレイは、ヒトゲノム解析のために用いられた膨大な数のDNAクローン(PAC、BACと呼ばれるもの)の中から選ばれた約2,500クローンから成るもので、ゲノム上のコピー変化(欠失や重複)の最少検出限界は約30 kbである。80人の被爆者の子供を検査した結果、251個のゲノム変化が検出された。しかしそれらはすべて既にどちらかの親に存在していたものであった。親の被曝に関連して新たに生じた可能性が疑われる例はなかった。今後は更に多くのゲノム部位に関して調査を行う計画である。
表1. 原爆被爆者の子供のミニサテライト遺伝子座における突然変異
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*重み付けした平均線量1.9 Gy
表2. DNAフィンガープリントにおける突然変異
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*多遺伝子座プローブ33.15により検出