研究計画書 1-75

原爆被爆者の寿命に関する放影研調査の研究計画書、広島および長崎

背景および目的

最近、諸文献に放射線を受けると加齢現象が促進するとの仮説が発表されるようになった。また Woodbury らは被爆者の死亡率に関する予備的研究の中で被爆者の死亡率は非被爆者より高率であるかもしれないと報告した。以上のことから、被爆者の死亡について大規模な調査を周到に立案して実施すると、原子爆弾の影響を明らかにすることができるのではないかと考えられるようになった。死亡診断書は広島・長崎の両市とも 昭和26年 から平常の業務として集めており、またその際、昭和23年の死亡診断書までさかのぼって集めているが、昭和30年の Francis委員会 の報告の中で技術的に良く立案された寿命調査の原案が提案されるまで死亡調査に関する特別な処置をとらなかった。この Francis報告を読んではじめて日本および米国の研究者たちは死亡率調査の重要性と寿命に影響するわずかの変化を見出すため、あるいは逆に寿命に対してほとんど影響のないことを明らかにするためには大規模な死亡調査の実施の必要があることを認識した。一方、臨床検査および臨床病理検査に関する研究は、死亡率が小さい場合には対照群との間に差を認めることができない程度の小規模のサンプルで実施せざるを得ない。したがって、一般には不完全なまた「かたより」がある臨床検査および臨床経過観察にすぎないと考えざるを得ない。

Francis委員会の報告に刺激され、予研とABCCの日米の研究者は寿命の調査研究方法について、広範囲に検討を加え、また研究の企画および実施方法上の特定問題について最適な方法を選び出した。また原爆の急性期症状が消失したあとの被爆者の「寿命の短縮」というテーマの研究のために多数資料の収集を行ってきた。研究の基礎となる死亡に関する資料が公的な性格をもっていることと、 厚生省 が被爆者の死亡について関心をもっていることとのために、厚生省の 予研 とABCCとの間に、この研究について公式の同意書が交換され、その結果死亡率調査は両機関の共同活動によって適切に実施することができるようになった。この際主体は予研側にあることが条件となっている。

調査の本来の目的を簡単に表現すると次のとおりである。すなわち、原子爆弾の急性傷害による死からまぬがれた人々が、非被爆者と同様な寿命を保ちうるかどうか、もし平均余命の短縮があるとすれば、それは推計放射線量の関数であると結論することができるかどうかを確かめることである。観察の結果をできるだけ正確なものとするために、計算上の 爆心地 から 2000m未満 で被爆した個々の人々について、現在非常に努力して被曝線量の推計を行っている。

標本の大きさ

昭和25年の国勢調査の付帯調査に広島原爆の被爆生存者として 159,000人、長崎原爆の被爆生存者として125,000人、合計284,000人 が計上された。そのうち広島市に住んでいる人は 98,000人、長崎市に住んでいる人は 97,000人であった。しかし爆心地から 2000m未満の被爆生存数は少なく、両市を合わせても 39,000人、1000m未満ではわずか2000人にすぎない。

したがって近距離被爆者が少ないため、本研究の対象を選び出す場合まず線量別または爆心地からの距離別に層別して、それから抽出しなければならない。すなわち至近距離被爆者の全数または大部分と、遠距離被爆者の適当な部分をサンプルとして選ぶ必要がある。Francis委員会に提案されたサンプルの抽出方法は、もっとはっきりしている。すなわち距離別に数群を作り、各群の人員を爆心地に最も近い群の人員と同数になるように抽出する。

昭和34年3月現在、非被爆者の調査は相当に進行しているがまだ終了していない。集めた適格者の数は 広島 13,685、長崎 8,653であって、この数は、およそ、必要の 60% にあたる。

資料の収集

前述のように、全研究を通じて最大の仕事は調査客体を選出することと、解析のときに独立変数として考慮するために必要な基礎資料を集めることである。このほかに、実施しなければならない作業は調査客体が生きているか死んでいるかを調査することと、各自が受けた放射線量を推計することである。

死亡に関する情報

死亡の場所と日付を 戸籍 課への死亡届けから転記する。広島・長崎両市に 本籍 がある者には、前もってカードを作っておき戸籍登録と同じ順序に並べておく。戸籍チェックによっても本籍がわからないサンプルについては、野外調査員が家庭訪問し、正しい本籍を調べ、対象者の生死を確かめる。

放射線量の推計

放射線量は基礎的な独立変数であって、これと爆心地からの距離と放射線のために起こる症状との間には、相関関係を認めることができる。放射線量を推計するには、信頼できる空中放射線量曲線と正確な遮蔽記録と、またいろいろの遮蔽物質の放射線減弱係数とが必要である。米国原子力委員会 から、両都市の空中放射線量曲線と日本建築物の減弱係数がABCCに提供されたため、原爆投下時に屋外、または日本家屋内にいた人の受けた放射線量を明らかにすることができるようになった。

解析

もちろん、推計放射線量は解析における重要な独立変数である。また、放射線による急性病状は推計放射線量の補助的な独立変数として利用することができる。
広島・長崎両市の資料は並行して解析しなければならない。両市の解析結果をいっしょに検討したのち結論を下すことが必要であって、一方の市の資料から得られた結論が、他の市からの結論と相反する場合には、この結論は単に参考意見にすぎないとする。
差の比較には、放射線を受けると必然的に死亡率が増加するという見解を検定するのに適した片側検定は用いるべきでない。放射線急性傷害に耐えて生き残った人は平均より長く生きる可能性があるかもしれないということを一応考慮に入れて、両側検定を用いる必要がある。

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