免疫系に及ぼす影響

免疫細胞は放射線に弱くて死にやすいことが知られている。これは、成熟Tリンパ球およびBリンパ球(適応免疫をつかさどる長命な白血球)に誘発されたアポトーシス(細胞のプログラム死)や、単球および顆粒球(先天免疫をつかさどる短命な白血球)の前駆体である骨髄幹細胞ならびにナチュラルキラー細胞(先天免疫をつかさどるリンパ球)の致死的な傷害によるものである。

多量の原爆放射線に被曝した人では、成熟リンパ球と骨髄幹細胞の両方が大きな損傷を受けたため、微生物(あるいは細菌やウイルス)の侵入を防ぐ顆粒球やナチュラルキラー細胞が激減した。その結果、多くの人が感染症により死亡した。

被爆後2カ月くらいすると、骨髄幹細胞は回復し、この頃までには感染症による死亡も終息した。1980年代から行われている被爆者についての調査では、単球、顆粒球およびナチュラルキラー細胞の異常は認められていない。つまり先天免疫に対する放射線の障害は被爆後の早い時期にのみ生じたようである。

しかし、CD4ヘルパー Tリンパ球(抗原特異的免疫をつかさどる主要なTリンパ球サブセット)の回復にはもっと時間がかかり、CD4T細胞の回復は不完全であったことが示されている。今日でも、CD4T細胞の数は放射線をほとんど受けなかった人と比較して、1Gy当たり平均して約2%少ない。更に詳しく調べたところ、被曝線量が高くなるにつれて、T細胞中の「メモリー」T細胞の割合が、新たに産生された細胞(ナイーブT細胞)よりも高くなることが明らかになっており、新しいT細胞をつくる胸腺の産生能の低下が示唆されている。CD4T細胞数の減少および機能の低下とは対照的に、恐らくそれを補うためと思われるが、被爆者のB細胞数はやや多い。高線量被爆者のCD4T細胞では、感染性因子に対する反応性の低下傾向が認められる。また、T細胞の機能低下を補うため、先天免疫をつかさどる細胞が活性化され、炎症性蛋白質を産生する。放影研のこれまでの研究によると、被曝線量が高くなるにつれて、CD4T細胞数は減少し、種々の炎症性蛋白質の血中レベルは上昇することが判明している。以上の傾向は加齢に伴う傾向と類似しており、放射線被曝が免疫系の老化を促進している可能性が示唆される。

被爆者のT細胞やB細胞に認められる持続性の異常が原因で何らかの健康影響が生じたという明らかな証拠はこれまでのところ認められていない。その理由は、特異免疫はもともと個人差が大きく(例えばBCG接種ですぐツベルクリン反応が陽転する人とそうでない人がある)、どの人がどの病原菌に対する免疫に放射線被曝の影響を受けたか調査が困難なためである。更に、結核などの慢性感染症やリウマチ様関節炎をはじめとする自己免疫疾患に対する放射線の影響も認められていない。一方、特定のウイルス感染に対する免疫については、被曝線量と共に少し低下しているという報告がある。一つの例はB型肝炎ウイルスに関するもので、ウイルス保因者の割合が被曝線量と共に高くなっている。

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