がん以外の疾患による死亡
寿命調査(LSS)死亡率データ(1950-1997年)の解析により、がん以外の疾患による死亡が被曝線量と共に統計的に有意に増加していることが明らかとなった。過剰症例は特定の疾患に限られてはいないようである。DS86結腸線量が0.005 Gy以上の49,114人の中で、18,049人ががん以外の疾患で亡くなっている(血液疾患による死亡はこの中に含まれていない)。循環器疾患がこれらの死亡のほぼ60%を占め、消化器疾患(肝疾患を含む)は全体の約15%、呼吸器疾患は約10%を占めている。
血液疾患を除くがん以外の疾患による死亡の中で放射線被曝に関連すると思われる過剰死亡例数は、150例から300例と推定されている。0.2 Gy(被曝線量が0.005 Gy以上の被爆者49,114人の平均線量)の放射線を受けた人における死亡率は、通常の死亡率より約3%高くなっている。これは固形がんの増加率(30歳で被爆した場合、男性で7%、女性で12%)と比べてかなり低いものである。この線量反応の形状については未確定である(図1)。
図1. 1968-1997年の期間についてのがん以外の疾患の線量反応関係(DS86)。
実線で示した直線は、被爆時年齢、性あるいは到達年齢による影響修飾のない線形ERRモデルを示している。点は線量区分別ERR推定値であり、実線で示した曲線は点から得た平滑化推定値を、また破線は平滑化推定値についての1標準誤差の上限および下限を示す。右図は線量反応関数の低線量部分をより詳細に示したものである。
がん以外の血液疾患による死亡についても放射線被曝との有意な関連が見られている。このような疾患に関しては、種々の血液の悪性腫瘍または前がん症状を意味しているかもしれないので別個に調査した。医療記録が入手でき、血液学診断が行われている128例のがん以外の疾病による死亡について見ると、約45%は明らかに悪性腫瘍以外の血液疾患に分類されており、6%は白血病または造血系のがんと診断されている。残りは前腫瘍状態であった可能性がある。
生物学的メカニズムが知られていないので、ここで得られた結果が調査集団の偏りやがんによる死亡の誤分類によるものかどうかを検討することが重要である。しかしこれまで調査した限りでは(特に循環器疾患についてはより詳細に調査したが)、これらの要因によりこの結果を完全には説明することはできなかった。
成人健康調査(AHS)におけるがん以外の疾患の発生率調査では、子宮の良性腫瘍、甲状腺疾患(例えば甲状腺結節)、慢性肝疾患、白内障および高血圧について、原爆放射線の影響が示されている(図2)。また、LSS死亡率データから、呼吸器疾患、脳卒中および心臓疾患についても線量と関連した過剰発生が示されている(図3)。
図2. 被曝線量1 GyのAHS対象者におけるがん以外の疾患発生の相対リスク(1958-1998年)
図3. LSS集団におけるがん以外の疾患による死亡の過剰リスク。カテゴリー全体、あるいは心臓疾患、脳卒中、呼吸器疾患、消化器疾患では統計的に有意にリスクが増加している。横線は90%信頼区間を示す。
LSS集団の心臓疾患による死亡率データから、放射線は主に高血圧性およびうっ血性心疾患と関連があることが示唆されているが、AHSデータからは、心筋梗塞およびアテローム性動脈硬化症(大動脈弓石灰化)とも関連があることが示唆されている。従って、AHS臨床データおよびLSS死亡率調査により、被爆者(特に若年被爆者)における心臓血管疾患の発生率が増加していることはほぼ明瞭である。このような結果の基礎となる可能性のある生物学的機序に関して研究が行われている。