染色体異常

染色体は細くて長いDNA分子から構成されている。細胞が放射線や発がん物質にさらされると、DNAは切れることがあって、その切断端が再結合を生じる際に元とは違う形で修復が起こることがある。こうして染色体の形に異常が作り出されたものを「染色体異常」と呼び、これは細胞分裂の際に観察できる。

染色体異常頻度は細胞が受けた放射線の量に比例して増加し、被曝線量の指標、すなわち生物学的線量計として用いることができる。つまり、あらかじめ血液リンパ球を用いた試管内の放射線照射実験から線量効果関係を求めておき、その結果に基づいて、個人のリンパ球における異常頻度から放射線量を推定するのである。

様々な異常のうち、二動原体染色体は比較的容易に検出できるので、その頻度は生物学的線量計として用いられている。しかし、1個の染色体にある2個の動原体が細胞分裂を阻害するため、二動原体染色体を持つ細胞の頻度は数年の半減期で減少する。従って、二動原体の頻度は最近の被曝事例にのみ有効である。原爆被爆者は何年も前に放射線に被曝しているので、二動原体頻度はもはや生物学的線量評価には利用できない。それに代わって、転座(および逆位)が利用されている。これらの異常は、染色体1個当たりに一つの動原体しかないので細胞分裂の支障にはならない。その結果、変化した染色体は何年も存在し続けるが、従来の染色法ではその検出が相当難しいという問題があった。

広島・長崎の日本家屋内で被爆した人について従来の染色法で測定された異常(主に転座)を有する細胞の割合(平均値)とDS86線量との関係を図1に示した。広島・長崎間に認められるわずかではあるが首尾一貫した差は、両市の研究室における異常検出力の差によるものかもしれないし、DS86線量計算における両市間の系統的誤差によるものかもしれない。

 

図1. AHS日本家屋内被爆者の染色体異常を有する細胞の割合と線量との関係

 

現在、最新の染色体着色法(蛍光in situハイブリダイゼーション法、FISH)を用いて広島の研究所において両市の被爆者の染色体の分析が行われている。染色体1番、2番、4番は黄色に、その他の染色体は赤に着色されるので、黄色に着色された染色体と赤に着色された染色体の間の転座をすべて正確に検出できるようになった(図2)。FISH法により転座の検出がより容易に、また正確に行われるようになり、チェルノブイリなどの事故による放射線被曝の調査にも活用されている。

 

図2. 蛍光in situハイブリダイゼーション法で標識された分裂中期細胞。
左図は正常細胞を、右図は転座(矢印)を示す。

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